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ゾンビ緊急事態宣言下で起きたこと

 はじめ、それは致死率の低いウイルス性感染症であり、基礎疾患のない者はマスク着用と手指の消毒を励行していればよかった。
 しかし、感染者数が増えてきたため、政府は緊急事態宣言を発令し、飲食店の営業を禁止した。その後、急ピッチで作られたワクチンの接種が進められた。効果を十分得るためにはワクチンは二回接種する必要があるとされた。

 しばらくすると、一回でも効果はあるという情報が政府から出されるようになった。ワクチンが不足しているからそのような情報を広めて安心させようとしたのだろう。

 さらにしばらくすると、副作用のリスクが無視できなくなってくるので三回以上は打たないでくださいという情報が政府から出されるようになった。
 並行して、SNS上にはゾンビが出現したという話が頻繁に載るようになった。どの記事も数時間以内に削除されてしまうようだった。

「ねえ、これどういうことなの」とSNSを見ながら妻が聞いた。
「三回打つとゾンビみたいになる人が出るということだろう。副作用で肌がボロボロになるとか」と夫は答えた。
「ねえ、あなたのご両親、もう二回打ったって言ってたわよね。この間、お義母さまから電話があって、心配だからもう一、二回打とうかしらって言ってたわよ」
「相変わらずだな」
「ゾンビの話は知らないみたい。教えてあげたら」
「言っても無駄さ。君も知ってのとおり、人の話を聞くタイプじゃないんだ」
「でも、ご両親がゾンビになったらどうするの」

 SNS上には、ゾンビに襲われて反撃して殺してしまったが正当防衛が成立したという話や、警察官がゾンビを射殺した話などが載っては消えるようになっていた。

 しばらくすると、政府は特別緊急事態宣言を発令し、外出を全面的に禁止した。SNS上では、ゾンビ緊急事態宣言と呼ばれるようになった。

 マンションの四階の窓から外を見ると、道路にゾンビの死体が転がっているのが見えるようになった。しばらくすると防護服を着た業者がゴミ収集車に死体を回収していく。
「私たちどうなるの。怖い」と妻が言った。
「そのうち収まるさ。大丈夫だよ」と夫が言った。

 電話が鳴った。夫の姉からだった。
「実家とこの数日間連絡が取れないの。私遠いから、ちょっと様子見てきてよ」
「外にゾンビがいるから無理だよ」
「何よ。大学まで何不自由なく行かせてもらったくせに。それくらいしなさいよ」
「姉さんのいるところはまだそこまでひどくないようだけど、このあたりは都会だからゾンビが多いんだよ。それと、電話に出ないということは、両親はもうゾンビになってしまった可能性が高い。どうせ欲張って三回目のワクチンを打ったんだろう」
「三回目のワクチンがどうかしたの」
「姉さんはSNS見てないの。ワクチンを三回打つとゾンビになるんだよ」
「何それ。この前、お母さんに頼まれて私のワクチンのクーポン券お母さんに譲ったんだけど。親族間の譲渡は違反じゃないからって」
「親族間の譲渡も違法だよ。政府広報にはっきり書いてあるだろ。欲張りなお母さんに騙されたんだよ。しっかりしてくれよ」
「お母さんがゾンビになってたら私のせいになるのかしら。捕まったらどうしよう」
「まったく、お母さんも姉さんも自分のことしか考えないんだな」
「何よ、偉そうに。実家の様子見てきてよ」
「話をまとめると、お母さんはゾンビになったに違いない。お父さんも噛まれてゾンビになったか喰われたに違いない。外は危険だから確認は断る」

 夫が妻に姉の電話の内容を話すと、妻は言った。
「この間、お義母さまとの電話にはお義姉さまもつながってたのよ。三人で話したの。それに私、前からお義姉さまとはSNSの話もしてたから、お義姉さまはSNS上のゾンビの話は詳しく知ってたはずよ。お義姉さまは、ワクチンを三回打つとゾンビになることを知った上でお義母さまに違法にクーポンを譲渡した。そして、そのことを知らないふりをして、あなたに様子を見に行かせようとした。おそらくあなたがゾンビになったお義母さまに殺されることを期待して」
「姉さんが私を殺したい理由は何だろう」
「あなたが大学まで行かせてもらったことを妬んでるんじゃない」

そのとき、玄関のチャイムが鳴った。インターホンには姉の姿が映っている。
「電話じゃ伝わらないから来ちゃった。入れて」
「さっき、電話では遠くにいるっていったよね。嘘だったんだね。直接私を殺しに来たんですか」
「ちょっと、何を訳の分からないバカなことを言ってるの。早く中に入れて」
「姉さん、さっき嘘ついたのかどうかはっきり答えてよ」
「ちょっと、いい加減にして」
 そのとき、インターホンの画面の後ろに何かが映った。ぎゃあっという姉の悲鳴とともに姉の姿が画面から消えた。
「ゾンビだ」と夫が叫んだ。画面に姉の生首が映った。首を噛みちぎられている。次に、ゾンビの姿がはっきりと画面に映った。ゾンビは母親だった。













 





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