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事務職における引継ぎの最悪例

「マニュアルがあるから最初は言われた通りやるだけで大丈夫だからね。」

そう言われて入社したこの会社で、私は最悪の引継ぎ作業を経験した。


前任者との邂逅

晴れてこの会社に派遣社員として入社した私は、前任者から数週間の引継ぎを受けることとなった。

前任者さんは半年間この会社で勤め上げ、夢を追う為に退職されるそうだ。
前職では事務ではない専門職に就いていた為、パソコンは少し苦手だったが、この会社でかなり鍛えられたと豪語していた。

その為、私にも「ここで働くとPCスキルがかなり着くから良い経験になるよ~!」と明るく教えてくれた。

ただ、PCスキルが無いからどうこうではない問題が最初に立ちふさがった。

マニュアルが無いのである。

おかしい、マニュアルがあると聞いて入社したのにマニュアルが無い。

まだ300文字程度しか書いていないのに冒頭一文目と早速矛盾してきた。

一体どういうことなんだ。

ToDoリストをマニュアルと呼ぶ文化

「早速だけど、定例業務から教えるね。」

それは、コピペが主の単純作業だったが手順が多いので一度で覚えるにはなかなか苦戦しそうな作業だった。

そして、作業開始からずっと気になっていた事を聞いてみた。
「この作業ってマニュアルあるんですか?」
「あ、マニュアルね。あるある。」

とりあえず安心した。あると聞いていたから対してメモも取らずにこの作業に取り組んでいたのだが、マニュアルがあるなら次からそれを見ながら仕掛かることができる。
なんなら、コピペばかりの作業なので簡単なマクロでも組んでおけばミスも防げるだろうし数秒で終わるだろう。時間のある時にマニュアルを参考に作ってみよう。

そうして前任者が用意してくれたExcelファイルを私は開いた。

その中には、日付と今行った業務の名称が数日置きに書かれている表が書かれていた。他にも定例業務を月の何日目に行うかが羅列されている。

定例業務だから実施日を指定しているのかと私は解釈し
作業内容詳細が書かれているシートやリンクを探したが、そういった類の情報は何もない。なんなら他のシートは白紙である。

前任者は言った。

「これ、マニュアルね。その日ごとにやる定例業務が全て書かれているからこれ見れば何したら良いかわかるようになっているよ。」
「要するに、ToDoリストってことですか?」
「そうとも言うね。」
自覚あるじゃねぇか。
「今行った作業の手順が一つ一つ記されている手順書的なマニュアルっていうのは…?」
あ、そういうのは無いよ。

こうして、予め用意されていると思っていたマニュアルを入社初日の私が何故か作成することとなった。

新入社員が作成するマニュアル作り

という事で、早速ExcelとSnippingToolを使って簡単な手順書を作ることにした。
作ったマニュアルは、ToDoリストのExcelファイルにリンクを紐付けて貼り付けていく事にする。膨大な数のマニュアル作成が待っている事が可視化されてしまったが、前任者が退職する前までにこのリストを全て埋めるのが私の使命だと捉え励むことにする。

前任者にはもう一度同じ説明をしてもらうことにする。一応罪悪感があるふりをして
「すいません、手順書があると思って今の話流し聞きしてたので、もう一度自分で作業できるように教えてもらっていいですか」
と丁寧に教えを乞うた。おそらく額には青筋が立っていたと思うが見なかった事にして頂きたい。
「いいよいいよ!私も何度も教えてもらって覚えたし!」
前任者は嫌な顔一つせず同じ説明を繰り返してくれた。

ここで、気になったので一つ聞いてみた。

「前任者さんがこの作業を教わったときのメモとか残ってないんですか?」

「無いよ。紙にメモしたかもしれないけど出来るようになったから捨てた。あと、基本的に私の前の人が何度聞いても大丈夫な人だったからあまり仕事のメモは取らなかったかな。」

とんでもない仕事スタンスの人もいたもんだ。
教わる側は何度も同じことを聞かないよう工夫をするのが社会人なのかと思っていたが、どうやらそうではない人も世の中に居るらしい。

私が教わった手順を必死にスクショを貼り付けている横で前任者さんはこう言った。

「ゆっくりでいいからね、他にも教えたい事はあるけどゆっくりでいいから。」

どうやら私がちんたら作業をしているように見えたのだろう。彼女の額にも若干青筋が浮いていた。だが、前任者自身がこの作業をしていたらもっと引継ぎはスムーズに進んだはずだ。

その事実を言わずに作業し続けれた私は昔に比べて随分社会性が身に付いたなと実感した。

作業が少し進み、私がわかりにくい所の文言を付け加えようとすると前任者が口を挟んできた。

「待って、ここの言い回しはもっとこうした方が良い。」
「今の話は特にメモする必要はない。」

お前が本来やるべき仕事を私がやってるのに口出しするな烏滸がましい。

「なら自分でやって下さいよ。」と言わなかった私、本当に社会性があるなと自分で自分を褒めた。


事務職としては致命的なリンク切れ

次の日、私の作ったマニュアルのリンクが切れていた。
おかしい、まだ作成して2日とかなのに。誰かが移動させたのか?
恐る恐る前任者に聞いてみた。

「すいません、私の勘違いだったら申し訳ないんですが私が作ったマニュアルの場所ってどこかに移動したりしましたか?」
「移動はさせてないよ。フォルダ見てみた?」
「いえ、マニュアルの保管先はExcelに全てまとめているのでまだフォルダは見ていないですが確認してみます。」

リンク貼り付けでは上手くいかなそうなので、深い深い階層にあるフォルダを確認するも、そこには私の作ったマニュアルはもちろんない。

そこで先輩は衝撃の一言を放った。

「あ、このマニュアルね。名前がイケてなかったからファイル名変更してあげたよ」

ふざけんじゃねぇ。こっちがフォルダの階層辿るのが嫌でリンク覚書しているの見てただろ?リンク切れって概念知ってる?なぁ?

という言葉を押し殺しながら
あ、そうだったんですね。確かにこっちのがわかりやすいですね。ありがとうございます!
と言った私は聖人であるなと思った。

多分、顔は笑えていなかった。

回らないPDCA

前任者は引継ぎの際に口癖のように言っていた言葉があった。

「このボタンを押すととんでもないことになるからミスしたらダメだよ!」
「ここのコピペ、間違えたら絶対だめだからミスしたらダメ!」

そう、「ミスしたらダメ」である。
まぁ気を付けるべきポイントを教えてくれるのは有難いんだが

「ミスしない為の工夫とかなんかあるんですか?」
と聞くと
「頑張る」
としか返ってこない。PDCAって言葉知ってる?

頑張るしかない現実に、私の頑張る気力は削がれていった。

自分の手柄を奪おうとする前任者

ある日、社員さんが問うてきた。

「今引継ぎ中だよね?この書類の申請方法を新入社員に教えたいんだけど
もしマニュアルがあれば一緒に使いたいから送ってもらって良い?」

そのマニュアルは実際、ある。
だが、それは私が作成したもので実際の業務ではまだ運用した事が無いので幾分不備がある可能性が高い。
その為、私の口からは何も言わなかったが

「はい!ありますよ!この引継ぎの為に作ったものがあるので送りますね!」

どうやら前任者は調子が良い人らしい。

「え、でもそれ私が作った」
「いいからいいから!後で送ります!」

社員さんも「良かった、待ってますね~」と言い去ってしまった。

前任者からは依頼主の社員さんと該当の新入社員に送るよう指示されたので、仕方なくメールを書く。

添付:申請マニュアル
お疲れ様です。作成したマニュアルを送付します。
まだ私自身、業務で使用したことが無いので不備があるかもしれませんが、宜しくお願いします。

「ちょっと待ってよ、最後の一言なに?」
どうやら何かが気に食わなかったようだ。

「私が教えた事だから不備なんて無いよ。最後の一言余分だから『前任者さんが作成したので宜しくお願いします。』に差し替えておいて」
お前は作ってないだろ。

流石にイラっとしたので、ボタンを押し間違えたふりをして「あ、すいませんそのまま送信しちゃいました」と、小さな抵抗をした。
当たり前だが、この「すいません」に罪悪感は1ミリもない。

私の社会性もここまでのようだ。

使い物にならないマニュアル

マニュアルが無いといいながらも、一部の業務には手順書は残されていた。本当に一部だが。

前任者が前の担当者から引継ぎの際に貰ったマニュアルもその一部である。
そこには、詳細に画像付きで手順が説明されているが
いかんせん、前任者の在籍期間中にSharePointへ移行したせいで全てのリンクが切れていた

前任者を問いただしたら
リンク切れの確認をするPCスキルは私にはない」と豪語されてしまった。

普段は上から目線なのにこういう時ばかりは事務職の経験が浅いことを引き合いに出してくる点
そして申し訳なさそうでも恥ずかしそうにするでもなく、何故か自信満々に自分のスキル不足を主張する点

この二点にまたしても苛立ちを覚えたが、私はとても頑張って表情筋を笑顔に近い形に整えた。

また、外部へ送るメールのテンプレートを折角用意してくれているのだが
いかんせん全てOutlookメールの送信画面を張り付けただけの画像データだったので、一から入力し直さねばならなく、大変手間がかかる作業を要した。

さらに、このメールの文面は外部の業者に送るので
ここでも前任者の伝家の宝刀
文面を入力するときミスしたらダメだからね!
が飛んできた。もちろん前任者からミスしない方法を聞き出せるはずもない。

ちなみに、この場合のミスしない為の正解は存在する。
「oft拡張子でメールテンプレートを作りマニュアルに貼る」である。

こうしておけば、メールテンプレートをダブルクリックするだけでメール本文が完成した状態にできる。

数年前にバズっていた以下の本にこのようなOutlookの業務効率化の詳細が載っているので興味ある人は一読すると良いだろう。


またしても使い物にならないマニュアル

「そういえば、私が作ったマニュアルもあるから良かったら参考にしてね」

なんと、前任者が入社直後に作ったマニュアルもほんの少しだけ存在していた。
どうやら、作業毎に気分で紙媒体と電子媒体両方にメモを残していたらしく
電子媒体の方が見つかったのでそちらを引き継いでくれるとのことらしい。
何故電子媒体に統一しなかったんだと内心思っているが、今問い詰めても自分のPCスキルの低さをまた言い訳にされるだけだと解っているので思っただけに留めた。

有難く使わせてもらおうと開いた中身がこれだ。

・電話が来る
・取る
・〇〇を聞く
・台帳に写す
・重要:ミスしない

待ってくれツッコミが追いつかない

「これ、マニュアルですか?」
「そうだね、マニュアルだね」
「メモの走り書きではなく…?」
「そうだよ。これ見れば何したら良いかわかるでしょ?」
何も分かりません。

いや、私が理解できないのは、私自身の知能が足りないからという可能性も出てきた。MENSA会員なら理解できるのかもしれない。

嘆いていても仕方がないので、不明点を洗い出すことにした。
「とりあえず、電話がかかって来たらって誰からの電話なんですか?」
「あ、それは業者の〇〇さん」
忘れぬ内に私は箇条書きマニュアルにその言葉を付け加える。
「違う違う、その人の苗字はこっちの漢字。」
指摘するなら最初から自分でマニュアル作ってくれ。

「あと、この『台帳』ってあるのは何の台帳なんですか?」
「それはこの間教えた台帳だよ。」

前任者はさも当たり前のように言うが、2週間弱で既に数十種類の台帳のありかを教えられている私はいきなり台帳と言われてもどの台帳なのか判別が付かない。
だが、「わかりません」と言うと相手の負担を増やすので、
とりあえず当たりが付いている似た業務に使用した台帳を指さして聞いてみた。

「えっと、これですか?」
「違う。」
「なら、こっちですか?」
「違う。」
「すいません、わかりません…」
2回外したので観念した。

「あれ?わからない?前教えたのにな〜」
遂にパワハラの典型みたいな事言い始めたな、この人。最初に「何度でも聞いてね」と言ってた言葉は偽りだったようだ。

「さて、どれでしょう〜?」
なんだか楽しくなってきたらしく、前任者の発言にも脂が乗ってきた。私は額の青筋を抑える。

ちなみにこの時終わっている引き継ぎ内容は全体の3分の1程度。前任者は残り2日で退職予定なので悠長にクイズごっこをしている暇はない。

余談だが、この辺りからスマートウォッチのストレス値が過去最高記録を更新するようになってきた。そのせいか、頭痛が頻繁に起こるようになったので頭痛薬を毎日服用する事になる。いい加減にしてくれ。

「本当にわからないので、どの台帳か教えてくれませんか?もう時間が無いんですよね?」

最初の頃は隠していた怒りの表情も隠すこと無く、少し声を荒らげて言ってしまった。

「はいはいわかった、ここ。ここに保存してあるから。」
向こうも私の怒りが伝播したのか、若干投げやり気味に格納先を教えてくれた。

なんとかこの場は凌げたので良しとしよう…。

何も管理しない上司

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