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中川くんの決断

中川くんの決断

高校生の頃同じクラスに中川くんはいた。背が高くてちょっとイケメン。明るい性格、ジョークも上手いから誰からも好かれていたし、何よりクラスで一番の秀才。文句のつけようの無い良いやつだった。適度にワルもしていて、みんなで京都へ旅行に行った時にこっそりタバコを吸ったり酒を飲んでいたけれどそれは人目につかない場所に限られたし誰にも迷惑が掛からない場合だった。

英語の授業で毎週文章を暗記させられた時に中川くんから暗記のコツをみんな教わった。おかげでその授業はなんとかなった。当時の高校生はほとんどが大学へ進学した。どんなアホ学校でもいいから大学を出ないとまともな就職ができないぞと教師や親から言われ続けていた時代だった。(今でもそうかも知れない)そんなこと誰が決めたんだと頭から疑っていた私には周りの高校生は踊らされているとしか見えなかった。だいたいアホ学校を出て良い就職ができるわけがないと誰も気付かないのかと思った。

まだ春には遠い教室の片隅で誰がどの大学へ行くの行かないのという話になった時に中川くんのコメントに一同言葉を失った。「おれ、進学しないんだ。家のために就職する。」と明るく言った。中川くんは冬の寒い朝でも4時に起きて新聞配達をしてから学校に来ていたことをその時知らされた。「就職する」と言った彼の表情にはくやしさや悲しみは欠片も無かった。ように見えた。学年でトップクラスの成績なのに進学しないっていうのはもったいないし信じられなかった。

真新しいランドセルの列が校舎へ吸い込まれて行く頃中川くんは[7up]の配達員になった。トラックで販売店へケースを配達していると聞いた。その後彼がどんな人生を送ったかは誰も知らないけれど、すべてをポジティブに捉えるという人並外れた才能を持っている中川くんならきっと充実した人生を送っているに違いない。

やりたい事とやるべき事があると言うけれど、中川くんは「やりたい事」をやったのだと思う。トラックを運転してソーダを配達することは彼の目的ではなく、目的を達成する為にもっとも最適な手段だった。彼の目的とは家族を経済的に支えることであり、自分だけ大学へ行って経済的負担を家族にかけることではなかった。頭の良い彼のことだからたぶん家族に言われる前に自分から就職を申し出たのではないかと思う。そういう人柄だから。ちゃぶ台を囲みながら「ええねん、僕あとでまた学校に行けるし、今そんなに慌ててないから気にせんといて」というようなセリフを笑顔で言ってたんじゃないのかなと。。。

意味も分からず進学して、たいした事も学ばず大学と名の付くところを卒業するという風潮だった。そういう連中と中川くんは根本的に違っていた。彼にはポリシーがあった。だからクラスで1番の成績でありながらクラスでただ一人進学せずにソーダの配達員になった中川くん。彼の潔い決断そして自分の決断をポジティブに受け入れる生き方はただぼーっと生きてきた18歳の私の頭を鉄球でガツンとやった。

みんなが行くから僕も行く
それがほとんどの人だった
中川くんは
「僕は働く。そこからがスタートだ」と
腹をくくった

あの時、世の中の流れで
なんとなく、どこでも良いから
大学を出ると言って
その通りにした人たちの数人の人生を見てきた
それなりの人生であったように思う
中川くんのその後を知らないが
彼はきっとそこから羽ばたいたのだと
今でも信じている

学生諸君!
自分のポリシーを持って生きよ
そんなに難しいことじゃあないよ

画像: Pixabay

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