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幻の「カルトワイン」にはしたくない~私的カルトワイン考察①~

「カルトワイン」でネット検索すると、実在でまだ未解決の通称・ルディ事件の記事が上がる。留依蒔世さんが演じたチャポ・エルナンデスのモデルになったんじゃないだろうかと思っている「エル・チャポ」はメキシコの麻薬王。カルトワインにまつわるいくつかのネット記事や情報を検索するとかなりシリアスな作品になるのではないかと思った。

この物々しい実在の話から着想を得て”熟成中だったボトルを抜染させてくれた”のが桜木みなとだった。と、パンフレットに書かれているが、カルトワインのこの事件からあの作品が生み出された事に驚かされた。ホンジュラスの治安の悪さやマラスの抗争・貨物列車の屋根でアメリカを目指すなど、今もなお実在する世界との辻褄をきちんと合わせながらも、宝塚らしい明るさや救いの部分があり観劇後は爽快感すら感じる。

(このリンクの記事がとても良かった。第一幕の背景が理解できるし、マラスを画像で検索すると希峰かなたさんのマッドの作り上げ方に驚くよ)


カルトワインを語る時に私が1番に大切にしたいのは音楽だ。数々の場面はまずその音楽で思い出される。小気味いい疾走感のある音楽に合わせて展開されるストーリー。オシャレなジャズの軽やかなビート、物語を盛り上げていく重低音・ドラムの音。メキシコの陽気な音楽にしっとりと物憂げなバラード。オペレッタ「こうもり」から「ワインの火のとばしりに」(宝塚ファン的には星組こうもりの♪盃を上げろ~上げろ~上げろ~酔いつぶれる夜明けまで~のあの歌)をアレンジした賑やかな名場面。要所要所に絶妙な配置された音楽達は、BGMではなく立派な演出の1つであった。

数々の音楽達に彩られ、主演の桜木みなとのポテンシャルが花開く。

第一幕の貧しい青年・シエロ。おやじさんことディエゴに対する言葉遣いや仕草にまだ幼さが残っている。強がりたいでも怖い。おやじさんを殺そうとするも出来ず、逃亡中のおやじさんの荷物を持ってあげる。「寝てろよ!」と軽口を叩き贈り物を煙たがる。思春期の揺れ動く感情がリアルだ。アメリカに来て「夢を語るのが夢だ」と語り、アマンダに無邪気に「可愛い先生」と放つ。そりゃ惚れるやろ。ワインの偽造に手を染める理由の1つが、フリオの妹・モニカの手術代の工面。根は純粋な青年なのだ。

第二幕が上がったオークション会場。身なりのいい紳士が真ん中で不敵な笑みを浮かべている。ピンスポットに照らされたその笑顔は美しいけど何処か影を感じる。カミロ・ブランコ。謎の彼がいかにして成り上がったか?を追う展開に第一幕の伏線がいくつか含まれている。

第一幕と第二幕のシエロの違いに驚かされる。

第一幕は貧しくそしてちょっと幼い青年シエロ。口調の端々に子供っぽさを残す。第二幕はあれから10年、それが例え悪の道だったとしても自分の才能を生かす道を見出した大人の男性だ。親友のフリオやアマンダと再会しても、フリオに止められても、バレて逮捕され裁判に掛けられてもなお揺るぎない強い信念があった。強い信念だからこそ「これでいいんだ」と見ている側も不思議と後味がすっきりしている。

時間の流れもそうだけど、シエロの内面の変化が繊細に描かれていた。カルトワインだけに、作り立てのワインが時間を掛けて熟成されるかのようだった。

そんなシエロと対比となるのは、瑠風輝さん演じるフリオ。この混沌としたホンジュラスの国で、国を逃れて辿り着いた先のアメリカでもいつでも真っ直ぐと純粋な心を忘れないフリオ。どんな時も殴ってでも悪の道に手を染めようとする親友を止めていたのに、妹の手術代となると止めきれなかった。この弱さがまたフリオと言う人間らしさでもある。アマンダが好きだけど押し切れない所、酔わないと迫れない所に、その優しさがにじみ出ている。女性から見て、優し過ぎて男性としての魅力はちょっと弱いのかもしれないけどね(笑) ホンジュラスに居た頃から、お天道様に背くような生き方はしなかった。それはあのお父さんの背中を見て育ったからだろうか。

瑠風さんの高い歌唱力、立っているだけで惹きつけられるオーラ。瑠風輝が求められているものを理解し自覚し一回り大きくなった。まるで太陽のような存在感だった。シエロはいつだってフリオと言う太陽に照らされていたんだな。10年経っても再会するのだから。

ヒロイン・アマンダ役の春乃さくらさん。春乃さんもこの1年でエトワールや新公主演と波に乗っている娘役さんで、この作品で更なるポテンシャルを開花させた。スラっとした長身美人で品があり艶っぽい雰囲気が魅力的だった。通常の宝塚だと、もっとヒロインががっつりと絡んでくるはずだが、そこは割とさらっと描かれていた気がする。カルトワインの主軸はあくまでシエロの生き様であり、そこに色恋沙汰はほんの一部の過程程度。

Twitterで度々考察したが、アマンダもまたコンプレックスの強い女性だと思っている。セリフの端々に「甘やかされて育った」「苦労をしていない」と言った言葉が出てくる。メキシコの移民だった父がレストランで財を成し、移民ルーツの子供としてはかなり恵まれた環境下にある。だけど、やっぱりアメリカで生きていく上で移民ルーツである事の生きづらさ、同じルーツを持つ人達が苦労している事を見ていて「自分は甘やかされている」と思ったんだろう。だからこそ、ホンジュラスから命からがら逃げ出して来て、ひたむきに生きるシエロに惹かれたのだろう。結婚するなら優しくて味気ないけどフリオでしょう。絶対フリオでしょうと思いつつ、危険な香りのするやんちゃなシエロに惹かれる。oh…女心よ…。

アマンダもまた不器用でね、あくまで「ソムリエとしての私」としての強がりで押し通しちゃうの。ソムリエの先生だった頃から変わらず。最後の最後でごめんなさい!だけど、最後までソムリエとして仕事上シエロと会っていましたを貫こうとする。変な話、アマンダが潤花か天彩峰里さんなら早い段階で「ごめんなさいフリオ!私やっぱりシエロが好きなの!」って押し切ると思う(笑) 恋心があるのにそれを出せず、フリオの好意を理解しつつ傷つけたくなくて言い出せない。春乃さんの愁いを帯びた艶っぽい歌声が、恋心を自覚しても言い出せず悶々としているアマンダの心境に思えて胸を打つ。

ストーリーを通して3人3様の生き方があった。気持ちが絡み合い、すれ違ってゆく中でも3人とも自分らしさを持っていた。

そんな人間模様の描写もまた面白かった。