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『オッペンハイマー』と忘却できないもの

『オッペンハイマー』と忘却できないもの

 クリストファー・ノーランの映画を鑑賞する度に、スタンリー・キューブリックを連想してしまうのはなぜだろうか。
 家族の交歓、そして相対論を超える愛をテーマにした『インターステラー』は、明確に『2001年宇宙の旅』の無機質な人間像への回答だろうし、『オッペンハイマー』の扱う赤狩りの描写、そして科学考証への誠実さは、ブラック・コメディーである『博士の異常な愛情』を念頭に置いているのではないか。
 確か

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私小説のために

私小説のために

 家に誘った女の子と是枝裕和監督の『歩いても 歩いても』を見た。
 二人とも若くて、気難しくて、いちばん寂しい時期だった。ちょっとした言葉のあやで、すれ違ってしまう。
 その日も、喫茶店でお喋りするには、消耗し過ぎていた。こういうムードで、是枝裕和の映画を選ぶのは、ちょうど良かっただろうか。
 『歩いても 歩いても』のあらすじ──夏休みの帰省で、一堂に会する親戚。日差しのなかで、子どもたちは跳ねる

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お裾分け

お裾分け

 しとしと降る梅雨は、インドのモンスーンのお裾分けなんだよ、と子どもの頃に教わった。洗濯ものがなかなか乾かないのにも、摂理があるらしい。異国の土地を打ち据える大雨と、やさしい湿気を湛える頭上の天気は、同じ旅行客に見えないけれど、長旅で疲れたモンスーンが梅雨の正体である。
 梅雨ほど暇つぶしに困る季節はない。散歩道はだいたい水たまりの悪路になってしまい、悪路を抜けてカフェを訪ねようと考えても、裾を濡

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