熊本地震あれこれ

FBにアップしたものを転載します。
これはいわばトピックスなんで細かなところは祖母の下りと同様に個別にアップしようかなと思います。

GW、実家に帰省しました。(5/4-9)
益城町、阿蘇市、南阿蘇村、熊本城、ショッピングモールを見て周り、実家の片付けとボランティアを行ってきました。

整理してからとも思いましたが時間の経過とともに状況も変わります。
ですので風化する前に自分の経験をまとめます。

本文章は僕が見たもの、僕の友人が直接経験したことのみを記載しています。

〈実家について〉
被災状況としてはさほど酷くないと思われる。中は物が散乱して片付けに追われる。
避難所生活で認知症が進んでしまった祖母は施設に入所することとなり、実家に戻ることは現状できていない。
同様の要介護者が沢山施設にいます。

〈報道とニーズのギャップについて〉
帰省してみたところ、酷いエリアと酷いスポット、ほぼ大丈夫なところがはっきり分かれています。
市や町単位でくくった報道は正しい情報とは言えないと感じました。
県外にいる熊本人からすると、今回の報道はほとんど役に立たない。

例えば南阿蘇村も被害が酷いところだと報じられていますが、白川水源などは灯篭が倒れたりはしているが、全然大丈夫と地元の方が話をしていました。
難しいことでしょうがGW人だかりができるこの観光地に客が全くいないことの方が経済的に酷いといえる。

被災地の被災度合いや状況など詳細なマップを作るとかしたほうがよっぽど報道として求められるものです。

上手く言えないですが、食器を洗いたい人に固形せっけんを売りつけるような感じ。欲しいのは食器用洗剤とスポンジ。外れてないけど全然違う、というような。
これって企業の営業マンならできないやつだとこき下ろされる話です。
是非改善をしていただきたい。

〈ボランティアについて〉
GW中に熊本市のボランティアに行きました。
対応の悪さにイライラした人も多かったのではないでしょうか。
事実、大西市長もツイッターでそのことに謝罪しておられます。

9時にボランティアセンターに集合して、受付だなんだと、仕事現場に向かい始めまで約1時間半の拘束。
大の大人5人で作業して実質1時間。倒れた棚を起こしてゴミの選別と清掃が仕事。棚を起こしたあとに業者さんが来て棚を固定する作業があり、それを待つのに2時間ほど費やして14時にはボランティアセンターに戻った。
それでボランティア活動は終わり。

大西市長は人手が足りないと言っているが、そうではない。足りないかもしれないがそもそも仕組みがない。
県外から時間かけて熊本のことを思いボランティア活動しに来てくださった方も大勢いるのです。
ボランティアだってふわふわしたものではなく自分で挙手して行う、無償の立派な「仕事」です。余震も続く中、腹括って来てくださってます。
少人数で効率的に動けるボランティアの仕組みを整えるのは行政の責任です。受付してくれていた学生たちも一生懸命やってくれていました。
みんな一生懸命やってます。その思いや行動が活かされてないのが残念です。

これから梅雨シーズンもやってきます。
助けを必要とする人がまだまだ沢山います。
早急な改善をお願いしたい。
LINEとかSNSとか使ってもっと早く受付したり、1グループで1日に2件3件の処理できるような
しくみ作りましょうよ。

〈ケアが必要なこと〉
情報弱者である高齢者、妊婦、子供、障がいのある方々への支援がおそらくこれから長い期間にわたって必要になります。
これらに関しては物心両面のケアが長期的に必要になると思われます。

今回の地震によって仕事が無くなった方々も大勢出ます。実際取引先も一件復旧めどが立たないというところも出ました。
そういった方々の受け皿をどうするのかということも考えなければなりません。
難しいことですが第1に考えなければならないのは熊本県内での仕事を見つけることだと思いますので大企業の協力なども不可欠でしょうね。

〈避難所のありかたについて〉
これも情報の受発信が上手くできたところとそうでないところではっきり明暗が分かれたようです

両親のいた出水小学校(指定避難所)は誰に聞いても責任者がいないとか判らないと言った状況だったそうで、食料もおにぎり1つを両親と祖母の3人で分けるというのが数日続いたようです。
我が家は犬がいたため父親は学校横の駐車場で犬と車中泊していました。「避難所にいる」とみなされず、配給はできないと断られと言ってました。
結局昔からのつながりで地元の郷士からうちは水があるからとかご飯すこしあるからと分けていただていて過ごしたようです。
また指定避難所ではないところでも、メディアにも取り上げられましたが、国府高校などは両親が避難した小学校から徒歩3分くらいのところです。

また別の指定避難所では市の職員が居るのに何もできず、僕の友人が指示を出して体操マットやパイプイスをを出したり、炊き出しなとをしたりして危機をしのいだという話を直接聞きました。
これも今後は改善の仕組みが必要ですね。

〈被災者と被害者〉
僕の被災した友人や出会った人々の、やるしかないから、前向くしかないから、というエネルギーは逆に勇気付けられるものだった。
「地震は避けられん。仕方なかろ。前向くしかなかたい。俺らは被災者だけど被害者じゃにゃーし。」
熊本市内の飲食店やコンビニ、スーパーも建物がダメになったところ以外は以前と変わらぬ状況にまで復活してきています。
ただ、皆被災者の中で自分だけが大事という人も少なからずいた、という話も聞きました。1人2個までのパンを大量に持ち去ったり、あくせく働く若者を見ながら大声で文句だけ言って動こうとしない健康な大人達。
良くも悪くも人間性がふんだんに発揮されていたとの話。
これは被災せずに後に聞いた僕としては評価不可の話だが、そういう方がいるとすればただ残念という心情。

〈被災者の情報発信について〉
テンパってしまっていて、とにかく助けてほしいという情報拡散が多く、支援物資が結果供給過多になったという話も被災者から聞きました。
こういう時こそ冷静に、

「いつの時点でどこにどんな人がいて、何が足りなくてどれだけの量をいつまでに欲しいのか?」

の発信が必要です。
外の人間からすると、声は聞こえてきてもどうして欲しいのかがわからないんです。
情報の新旧も非常に重要で、この情報がないまま拡散されてしまうともう足りているのにずっと物資が届き続けて他に足りない所へ供給されない事態が起きてしまいます。
外の人間は協力したい気持ちは強く持ってます。国民全体でこれは改善して今後の復興支援と、今後起こりうる他の震災への備えとしなければならないと思います。

#熊本地震 #地震 #日記 #避難 #ボランティア

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