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マンジャーレ・カンターレ・アモーレ 自分の人生を豊かにするデザインは?①

小林 大輝さん
静岡市在住アートプロデューサー。コロナ過を経てIターンを実現し、地元静岡市移住促進をメインにプロディースする。

前回インタビューを受けていただいた鈴木忠広さんからのご紹介で、小林大輝さんにお話しをお伺いすべく、静岡県静岡市に来ました!当日まさかの豪雨直撃で屋外インタビューはかないませんでしたが、小林さんの仕事場である、静岡市のコワーキングスペース(その名もODEN)でお話をお伺いしました!

「うちの取締役・小林さんをご紹介します。今は東京と静岡で離れて仕事をしているので正直彼が日ごろ何をやっているのかはわかりませんが(笑)、彼に静岡の案件をすべて任せています。彼とは長いつきあいになりますが、地元の活性化に力を注いでいる彼のお話をぜひ聞いてみてください」

鈴木忠広さんより

Q1前回インタビューの鈴木さんとの関係を教えてください
僕が大学1年生のときに、鈴木さんの会社でアルバイトをしたのが最初の出会いです。当時は鈴木さんの会社が創立間もない頃で、そこからの付き合いになりますね。アルバイトをやめた後でもご飯を食べに行くなど、ゆるく繋がっていました。あと、僕も鈴木さんもイタリアに行っていたことがあるという共通点もあるんです。
 
Q2イタリアに行かれた経緯は?
大学院生のときに交換留学生としてミラノに行きました。ミラノを選んだ理由はデザインにおけるトレンドの発信地は、ロンドン・パリ・ミラノ・ニューヨークなので、そのどれかに行きたいと思っていました。でも英語が苦手で。。。留学先を探していたとき、ミラノだけ英語力の規定がなかったんです。特にイタリア語が話せるというわけでもなかったんですけど(笑)
 
Q3言葉が通じない外国へ行くことに、不安はなかったのですか?
多少はありましたが、それよりも留学に行きたい気持ちのほうが強かったです。ミラノはデザインの聖地。「ミラノ・サローネ」という世界的な家具見本市も開催されているし、有名な建築家も多いです。どうしても留学したかったし、チャンスはミラノしかなかった。イタリア語は“行ってなんとかしよう”、という感じでした。
 
現地では、はじめのうちは慣れずに葛藤が少なからずありました。最初向こうの学生たちは、こちらに気を使って英語で話しかけてきました。でもこっちも英語が分かんない(笑)。だから「イタリア語で話してくれ、俺はイタリアのことを学びに来たんだから」、と言いました。そうしたら、向こうの態度が一気に変わったんです。イタリア人って自分たちの文化を理解しようとしてくる人間が好きなんです。良い友人にも恵まれましたし、そのおかげもあって言葉はなんだかんだ現地の語学学校に1ヶ月くらい通ったら、意外と大丈夫でした。ミラノでの生活は楽しかったですね。帰国した後も、1~2年に1度はイタリアに行っています。
 
Q4ミラノの大学院ではデザインの勉強を?
建築学科でアーバンデザインや、企業ブランディングを学びました。設計というよりは「その場所で何をやるか」といった分野です。日本人とイタリア人との違いの一つですが、日本人の学生のほうがロジカルだと思います。デザインのプレゼンでも、日本人はロジカルに説得するアプローチをする人が多い。その点でイタリア人は、情緒に訴えかけてくるんですよ。「こんなモノがあったら素晴らしくないですか? こんな生活が送れるんですよ?」みたいな。
 
イタリアに「マンジャーレ・カンターレ・アモーレ」という言葉があります。「食べて、歌って、人を愛する人生が素晴らしい」という意味です。イタリア人が人生において大切にしているのは、楽しく笑って暮らすことです。お金やステータスを得るよりも、豊かな生活のほうが大事、という文化があります。そこから、情緒を大事にするイタリア人の特性がきているのかもしれません。
 
イタリアでは、常に楽しそうな人が多かったです。イタリア人って、嫌なことはマジでやらないんですよ(笑)
日本人は会社の上司が嫌でもガマンする人が多いけど、イタリア人は違う。生活もあるから、ある程度ガマンをすることはあると思いますけど。そもそも仕事を優先には考えていない。欧米人にとって残業は悪なんですね。仕事よりも家族や友人と過ごすか、自分の時間を大切にする。そのぶん仕事は仕事として割り切っている部分はあるかもしれないですね。昼からワイン飲んだりはしてますけど(笑)

ミラノでの生活でイタリアと日本の文化の違いや人生観の違いなども含めて経験された小林さん。次回は小林さんの帰国後のお話をお伺いします!お楽しみに!

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