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ちょっとだけ科学的に考える燗酒のつくり方(仮)

「燗酒は日本酒を調理することだ。」

受け売りではありますが、筆者もその通りだと思っています。

燗酒は作る人によって目指す味や好みなどのお酒への解釈が異なるため、ひとつのお酒でも何通りもの燗酒の味わいが出来上がることでしょう。お肉の調理でいえば、焼肉と低温調理くらいの違いがあると言っても過言ではありません。

しかしながら、燗酒については実際のところよく分からないと感じる人も多いでしょう。「温度変化で味覚はこう変化する」という下図も特徴的な部分は40℃前後のみで、いわゆる熱燗や飛び切り燗の温度帯に触れられてはいません。

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私はお店に立って燗酒を作っていくなかで、味わいが大きく変わるポイントとなる温度がいくつかあることを感じています。

今回はこの温度に注目しながら、少し実践的な燗つけについて解説したいと思います。


温めることによる効果

まずは、日本酒を温めていくとどのような変化があるのかを確認していきます。

一般的に言われている効果として

①香りの成分が豊かになる
②アルコールの刺激が強まる
③甘味や酸味が強調される

という点が挙げられます。

①については、基本的にはそのお酒の特徴に関わらず立ち上げてくる香りが強くなる、という考えです。甘い香りや穀物感の香りでも、香りの面ではふくよかに感じられるようになります。

②は温度の上昇に従って強くなっていきます。アルコールが持つ刺激や香りもありますが、上燗(45℃程度)くらいまではあまり気にならないことが多いでしょう。

③は上図の変化を参考にすると、甘味や酸味以外の味覚が感じられにくくなることによって、これらが比較的強く感じられるようになる、ということでしょう。

また、極短期の熟成効果もあります。燗にすることでお酒の味わいはまろやかになるといわれる力ですね。これは温度が上がるにつれて指数関数的に早くなります。
「冷蔵熟成を何倍にも加速させる(メイラード反応をあまり伴わない熟成)効果」と言っても良いでしょうか。
ただし酸素に触れる環境にあるため酸化は避けられません。そのため、比較的早く飲んだ方が良さそうなものは短時間で仕上げることをオススメします。それに対してある程度長期間の熟成に耐えうるものであれば長い時間かけて燗を作れることが出来るでしょう。


温めるのに向いている日本酒の特徴とは?

日本酒の燗酒には「お燗映え」という言葉があります。温めることで、そのまま(冷酒や常温)で飲むよりも美味しくなったお酒に対して使います。

この「お燗映え」する日本酒は、一般的に原料(お米)由来の味わいが強いものが向くとされています。冷めてしまったご飯よりも、炊きたての温かいご飯の方が美味しく感じることと似ていますね。

では、フルーティーな香りや甘味を有する日本酒ではどうでしょうか。
通常このタイプの日本酒は冷やして飲むことを推奨される場合がほとんどです。このタイプの日本酒に含まれていることの多いリンゴ酸やクエン酸は冷やして美味しく感じる酸(冷旨酸)として考えられているという面もあります。
ですが果物でも、例えばリンゴでは冷たいリンゴジュースと温かい焼きリンゴ、レモンでは冷たいレモンサワーと温かいレモネードのように、様々な温度で楽しめることも多く、温かい方が好きという人もいることでしょう。

原料由来の日本酒の場合よりも好みの影響が出やすいこともあり、フルーティーな日本酒を温めた場合では「お燗映え」するかどうかの判断は難しく、「どちらも美味しく感じるけど、こちらが好み」という状況になりやすいものと思います。
フルーティーな日本酒は甘味や酸味が繊細なことも多く、燗にする際に少し目を離しただけでも味わいが崩れてしまうことも度々起こります。丁寧な扱いが求められますが、うまく「調理」出来た際には今まで燗酒が苦手だった人でも克服出来る可能性を秘めているかもしれませんね。


ポイントとなる温度

さて、私の考える、燗酒で味わいが特に大きく変わるポイントは(自分の普段扱う温度の中では)以下の2ヶ所です。
先にことわっておきますが、「この温度で飲むと必ずおいしく出来るわけではない」ということはご承知ください。

① 38〜42℃
いわゆる「ぬる燗」と呼ばれている温度帯。人の味覚ではこの温度が最も甘味を感じやすいと言われていることから、フルーティーな日本酒の場合はオススメされやすいでしょう。
この温度を上回ってくるとアルコールの刺激が強く感じやすくなるので、アルコール添加をしている日本酒をまろやかな味わいの燗酒にしたい場合は一つの狙い所です。

また、ガス感(シュワッとした飲み口)のある場合、42℃を超えるとガスはほとんど抜けてしまいます。ガスを活かした燗酒を作りたい場合はひと工夫が必要になります。

② 60~62℃
飛び切り燗(55℃)を超えてもう少し上げた温度。日本酒に詳しい方ならこの数字を見てピンとくるかもしれません。いわゆる「火入れ」の温度です。
日本酒で火入れ商品を製造する際に火落ち菌の殺菌や酵母の働きを止めるために用いられることの多いこの温度。燗酒において馴染みのある人は多くないかもしれません。燗酒の中ではかなり高めの温度帯になりますが、近年燗酒を扱う飲食店としては当たり前のように超えてくることも。

この温度帯の特徴は「キレ味が急激に増す」ことにあります。火入れをしたことでスッキリ感が生まれた、という感覚でしょうか。
特に生酒では、特徴ともいわれる「とろみのある飲み口、フレッシュさや瑞々しさ」が失われることと温度上昇によるアルコールの刺激の増加が重なり、甘いと感じやすい要素が一気に減るのがこの温度になります。
この変化は生酒では顕著に感じられますが、火入れの日本酒でも程度の差はあれど同様の効果は得られます

一見良くないことのようにも感じれられるかもしれませんが、酒質の安定感が増す(生→一火、一火→二火など)ため、燗冷ましの状態になっても味わいが崩れにくくなっているように思います。

高温の燗酒をつけるうえでは、この温度を超えるかどうかが一つの分かれ目になるでしょう。


さいごに。

今回は日本酒を温めることによる味わいの変化と、燗酒の味わいが大きく変わる温度について書いてきました。この温度はあくまでも基準になる温度というだけなので、これをヒントに色々と遊んでいただければなと。

冒頭にも書いたように、燗酒はその人によってお酒への解釈や好みも違います。色々なお酒で試してみて「自分はこんな味わいが好き」というものが固まってくると、それに適した燗酒の作り方が分かってくるかもしれませんね。


自分は良く焼きのお酒より、肉汁溢れる雰囲気の燗酒が好きです。
このあたりはまたいずれ。


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