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削ることで見えてきた漢字の表象 - 『簡略文字と新書体の提案展』 三宅康文(1965)

2年前ぐらいにtwitterで「明朝体、横画がなくても読める説」が話題にあがった。約50年前、それを実際の書体として体系化しようと試みたデザイナーがいた。書体デザイナー三宅康文氏だ。(注:横画削減は簡略化エッセンスの一部です)

テクノロジーの襲来によって漢字が厄介者扱いされていた時代があった。未来の漢字の姿をどのようにすべきかを本気で考え、不可侵の領域である字体まで踏みこんだ人々がいた。そんな方々が残した書籍(以下、造字沼ブック)を読み、臨書し、その想いを味わう連載です。今回5冊目。

第5回目は、書体デザイナー三宅康文氏が1965年簡略文字と新書体の提案展で発表した試作簡略文字を紹介したい。「印刷界136」(1965, 日本印刷新聞社)、「宣伝会議 : marketing & creativity 12(3)(131)」(1965,宣伝会議)と「日本レタリング年鑑 1969」(1969, グラフィック社)の3冊から読み解いてゆく。

まずは提示された書体見本を見ていただきたい。

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※「印刷界136」 P.80、「日本レタリング年鑑1969」P.184-185より引用

一見違和感ないこれらの漢字は。ところどころ線が削減され、矩形は下部が抜けている。横画の削減はとても大胆だ。しかしながら簡体字と比較すると元の字体の輪郭は残されている。ゴシックにすると線の足りなさがより強調されている。

どんな方がつくったのか?

三宅康文氏は、1937年生まれの書体デザイナー。モリサワ「じゅん」「ミヤケアロー」「ひげ文字」、ニィスより「JTCウイン」ほか多数の日本語書体を世に送りただした。三菱自動車、味の素、コニカなどCIデザインもてがけ*1、1975年にはダイエーの専用書体に携わった※2。

日本レタリングデザイナー協会(現・日本タイポグラフィ協会の前身)の設立にもかかわり理事や審査員を努めた。またレタリング/文字デザインに関する著書もあり、啓発や育成にも深く関わった。活字から写植、電算化の大きな変革の時代を切り開いたデザイナーである。

この「試作簡略文字」は、1964年銀座三菱電機ギャラリーでの個展という形で披露された。ときに三宅氏27歳のときであった。1964年といえば東京オリンピックが開催れた年、日本は高度経済成長期真っ只中だ。

※1:株式会社ニィスの作家紹介より
※2:『資料:マーク・シンボル・ロゴタイプ』(1982,グラフィックス社)より

なぜ簡略化が必要なのか?

三宅氏は簡略化の必然性として次のように述べている。

横組みの問題:漢字は縦組みのために創造されたものであり、横組みに適当であると云えない。
②カタカナとの比例:カタカナの使用が多くなったので、漢字の複雑さがよけいに目立つようになった。最近の文章での漢字の占める位置は約3分の1である。
③新しい書体をつくりだすため:英文学の書体が百種類以上もあるのに、日本の書体はわずか数種類しかない。(中略)では、なぜ新しい書体ができないか、①漢字が複雑すぎるため②漢字、カタカナ、ひらがなの3種類の統一ができていないため(印刷界136 P.80より抜粋)

①②は日本語の文章表記の変化とともに、カタカナ表記の外来語がさらに増えた。文章ブロックの視覚的な変化に、現在の漢字がそぐわないという指摘。
③はデザイナーとしての視点だろう。複雑というのは、線分が多いということとともに、字を構成するパーツの揺れなども含むのだろう。つまり同じパーツでも配置される位置により微妙な変化をともなうことがある。新字体と旧字体の混在もそれに拍車をかける。

日本独自の問題として、漢字を個々に簡略化し整えればよいのではなく、カタカナ、ひらがなと並べた場合に、いかに読み易いかという点を重視すべきと述べている。

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 ▲新字体での表示(源ノ明朝)

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 ▲三宅氏の簡略化文字(源ノ明朝のエレメントで見本をもとに再構成)

三宅氏の整理方針

さて、三宅氏の簡略化の方針はシンプルである。

①現在の字型のもつイメージをなるべく崩さないようにする。
②横画をへらし、縦棒を軸とし、横組みの場合にも読みやすくする。
③へんや、つくりに活用、組み合わせができるようにする。
(印刷界136 P.77)

日本の新字体については、大正期ごろまでに一般化していた略字・俗字が大半で将来をこみしたものではないし、中国の簡体字は日本人にとっては行き過ぎであり、造形的にも採用は難しいとして三宅氏独自の簡略化を行っている。日本の漢字改良論者の簡略化案で主軸となる「現在の字型のもつイメージをなるべく崩さない」がベースとなっている。独特なのは「横画」の削減だ。欧文ローマン体が縦棒を文字の軸としているように、縦棒は残し横画を積極的に削減している。

さらに、モジュール化を徹底し、同じパーツはどこに位置にあっても、どんなサイズになっても同じように簡略化するとしている。これは明確なルールとなっており他人がデザインするとき、このルールに則ることで迷うことがないだろう。一貫性と基準を作ることで、文字をデザインしやすくするものである。

いざ臨書

では、臨書してゆこう。「印刷界136」の文字見本をもとに、源ノ明朝のエレメントを利用し再構成した。

横画の省略、点などへの置き換え

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これは削減がわかりやすい。「口」は下部分の横画を削減。言偏の2本の横線を省略することで、もともと横画が6重だったものが最厚部でも4本までに減少している。イメージは保持しつつ確実に線を減らしている。

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行書・草書の影響か「小」の右側の点は左払いに統合されている。「目」は中身の横画2本を削減。下部の線は「口」と同じにならないようにかハネになっている。この部分本来2画にわかれているがハネにより1画で書くこととなる。

日

「日」は下部の横画を削減し、内部の線は点に置き換える。字源からすると点のほうが妥当なのかもしれない。「日」はさまざまな漢字の構成要素として利用されるが、このルールが他の字にも適用される。

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大胆な横画の削除。縦棒のみで「月」と区別される。

モジュール化

簡略化でポイントとなるのは、もとから単純な字をどう扱うかである。①閾値を持って一定の複雑さを持った字だけを簡略化方法。②すべての要素をパーツと考えてその単位で同様の簡略化を施す方法。のいずれかである。

三宅氏は後者であり、徹底的なモジュール化を目指した。ルールが明確になり他者にとって造字しやすくなるのはメリットだ。しかし、単純な字を更に簡略化するため造形的に不安定になったり、可読性に影響がある可能性をもつというデメリットがある。

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月

「月」は完全に輪郭だけ。

女

「女」も大胆に1画削減。単独だと可読性が苦しい。。。

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先の「月」「女」を含む「腰」はモジュールを正確に利用。読める

婚

こちらも「女」「日」のモジュールを正確に。この不足感が絶妙。

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後

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「糸」モジュール、多少のデザイン差はあるが同様に使用される。

くりかえし部品の統合

漢字には同じパーツが繰り返される構造のものが多い。「竹」「㚘」「双」「絲」など。このようなパーツを含む字は過去にも省略や置き換えが行われてきた。

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繰り返し要素の合体/統合。

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冠になっても、省略された形は保持される

替

「㚘」も横線を共有し一画を削減。外郭の印象はそのままに省略。

機

「絲」が繰り返される部分、「糸」モジュールはそのままに1つに統合。

イメージの保持

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これはわかりやすい。門構えは日本にもよくある省略法、耳は横画を削減し、外郭だけが残っている。

塩

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喰

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は縦棒も含め囲われている内側の線を効果的に削減。なかみがごっそり無くなっているが、元のイメージは保持されている。

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こちらも内部を効果的に削減。よめる。

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簡体字の影響か。

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これは大胆。繰り返し部分の統合である。簡体字では「飞」であるが、これでは流石に元の字を想像しにくい。三宅氏の簡略化はほどよく感じる。

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「熱」の省略方は珍しい。簡体字は「热」(簡体字でも元のイメージを保持しているほうである)。上半分「坴」+「丸(丮)」の部分を「丰」+「九」とし、左右の密度を平均的にしている。デザイナー的なバランス感覚である。部首の「灬」の変形も新しい(簡体字だと省略されないか、横棒になることが多いようだ)。最後の点は行書での次の文字への筆脈を意識しているのであろうか。

中抜き

構成要素が複雑な漢字の簡略化方法として、上下に挟まれた要素を省略する方法は昔からよく採用されている(藝→芸など)。これにより外郭は比較的保持される

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部首は「犬」なので、字源よりも簡略化を優先している例である。

まとめ

三宅氏の簡略化方法をまとめると、

①元の字のイメージを保持
②横画を優先的に、そして大胆に削減。線を点に置き換える。
③要素が繰り返されるものを統合/合体する。
④要素のモジュール化、もともとシンプルな字も簡略化。
⑤構成要素の均一な省略(字を全体的に簡略化)
⑥字源よりもシンプルさ、美しさを優先する。

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むすびにかえて

三宅氏の簡略化は、横組み和欧混植、本文組だけでなく広告などでも利用されるような一行の見出しを想定しているのだろか。大きな文字サイズで、短く組むととても美しい。カタカナ、ひらがなとの密度の調和を目指した試作簡略文字は、意外にも縦組みの方が調和が取れているように見える。

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「日本レタリング年鑑69」P.185より引用

矩形の内部の横画と、その囲いの下部の横画を削減したが、上部は横画の省略もないので元の字の形が残っている。縦に読み進めるうえで漢字の上の方だけ残っていれば、脳内での漢字の照合には十分なのかもしれない。人間の図形に対する補完能力は侮れない。

新しい時代の美しい文字組の理想を追求した三宅康文氏。55年前、将来の文字デザインを担うデザイナーに向けられたこのメッセージは、令和のいまどのように映るのだろうか。ぜひ本書を手に取って実際に見て味わってもらいたい。

本記事で取り上げた書籍

表紙-印刷界

※書影は再現です。

『印刷界 136』
・該当記事:P.82-77  漢字の簡略化の問題 / 三宅康文氏・著
・発行:1965年
・出版:日本印刷新聞社

表紙-年鑑

『日本レタリング年鑑 1969』
・該当記事:P.182-185  漢字の簡略化への提案 / 三宅康文氏・著
・発行:1969年
・出版:グラフィック社

表紙-宣伝会議

『宣伝会議 : marketing & creativity 12(3)(131)』
・該当記事:
 P.90-92 あるデザイナーの日本文字<簡略化/新書体>の提案
 P.93-94 三宅氏の提案に関して―現代の貴重な理想主義 / 原弘氏
 P.94-95 三宅氏の提案に関して―三宅氏の提案について / 佐藤敬之輔氏
・発行:1965年
・出版:宣伝会議

三宅氏の提案に対して、言わずと知れた日本を代表するデザイナーである原弘氏と佐藤敬之輔氏の評が掲載されている。

参考図書

表紙-レタリングマニュアル

『レタリングマニュアル』
・著者:三宅康文
・発行:1969年
・出版:創土社

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ここまで、お読みいただき誠にありがとうございました。
次回もよろしければご覧ください。

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