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バウムくん

 私はバウムクーヘンが嫌いだ。

 子供のころ初めて食べた時からずっと。妙にぱさぱさしていて、飲み物がないと飲み込めないし、歯切れの悪いカステラを食べているようなあの食感も、甘ったるいのかどうかはっきりしないようなあの甘みも苦手なのだ。そうだ、この感覚だ。

 切り分けて食べるにしてもこの年輪に沿って食べるのがいいのかそれともこの層とは垂直にフォークを入れるべきなのか全くわからない。どう食べても釈然としない食べ物。それが私にとってのバウムクーヘンだ。

 釈然としないといえばあの男もそうだ、雰囲気に妙な甘ったるさが漂っているところとか、歯切れの悪い話し方とか、つかみどころのない、取っつきにくいところとか……まるでバウムクーヘンみたいなやつだ。あいつのことは、しばらくはバウムくんと呼ぶことにしよう。

 しかし、なんであの子もあんな奴とくっつこうと思ったのだろう。全くわからない。あんなことになって、だからダメだってさんざん言ったのに……でも、実際あるんだな、こんなこと。話には聞いていたけれど、ドラマか映画の中のことだと思っていた。まさか、あの男の浮気相手が結婚式の最中に乗り込んでくるとは……おまけに式場の爆破を高らかに宣言して場内はパニック状態になった。

 私もはじめはびっくりしたけれど、すぐに嘘だってわかった。警備の目がある中で彼女一人で式場を爆破するだけの爆弾を設置できるわけがない。はったりだ。それよりも女に怒鳴り散らされ、問い詰められたあいつのひきつった顔は、今思い出しても笑ってしまう。

 その男を端から冷たい目でみていたあの子とその親族、今にも土下座をしそうに青ざめた男側の親族と、何をどうしたらいいのかとおろおろする司会と、もはや収拾がつかなくなった招待客と、すべてが混沌とした空間のなかで、なぜだが私のテンションは上がりまくっていた。

 非難という名目で帰ってはきたが、しばらくは胸が高鳴り続けていた。あの子には悪いが、今日は久々に良いものが見られたと思った。まあ、さんざん忠告したうえでのことだし。あとで慰めてあげよう。

 そうだ、あいつにバウムくんなんてあだ名をつけるのはやっぱりやめよう。バウムクーヘンがかわいそうだ。この子にはあの薄っぺらいあいつにはない、何層にも刻まれた年輪があるのだ。

 そう思いながら、私は引き出物のバウムクーヘンが先ほどまで丸々と乗っていた皿を見つめる。

「意外と美味しいじゃん。」

 私は唇を舐めてから、そう呟いた。

チョコ棒を買うのに使わせてもらいます('ω')