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両親と旦那と、私。




部屋とYシャツと私、じゃないですよ。

絶対若い子に伝わらな~い!


「私と両親」と括るよりは
「私と母」、「私と父」と
括らなければいけない気がします。


15年前に両親は離婚しました。

私にとってはその理由もわかっているし
納得もしている。


夜中になると両親は怒鳴り合いをし
母の泣き叫ぶ声や、父の怒鳴り声が聞こえてきて
それに怯える妹をあやし寝かしつけながら
自分も布団に潜り震えていた。

最後の両親の記憶は
父親が包丁を握っていて
母親にむけていたこと。

震える妹を抱きしめる母、
私は顔を真っ赤にして包丁を握る父から
包丁をぶんどって、キッチンの危ないものを
全てかき集め、浴槽に沈めた。


鮮明に記憶している。


翌朝、父親は車と一緒に消えていた。

何故か母に責められて、
理解も追いつかなかった。

私の中の何かが狂い出した気がしたのは
確実にその日。


そこからの自分は
「強くいなくては」「完璧でいなくては」という
気持ちが増していって、生きづらかった。

父にも思うことはあったし
母にも思うことはあった。


父が家から姿を消したこと、
それで自分や私や妹が楽になると考えたのなら
それで良いと思っていたし

母が何故か私のことを責めたけど
それで楽になれるならいくらでも責められよう
思った。


そこから両親が離婚すると聞かされた時は
辛かったけど自分を納得“させた”し

当時小学5年生だった私は何故か
父親についていった方が
金銭的に困らなだろうと
残酷な考え方をして、父親ついていくことを決意。

その時の考えや選択が間違っていたとは思わない。


ただ、父親はも母親も
離婚した後も4人で時々会おうって言ってくれていたし
会えると思っていた。

でもそんな日は来なかった。

私は11歳にして
自分を犠牲にし過ぎたのかもしれない。


この話は長くなりそうなので
シリーズ化しようと思います。

入院3日目、そろそろ帰りたいです。

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