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きみのおめめ 秋の帰り道 #20

10月に入って陽が落ちる時間が早くなり、保育園の帰り道は薄暗くなった。
遠くに夕焼けが見えるものの、19時頃まで明るかった夏の日が嘘のように、暗闇がすぐそこにある。

家やビルで隠れる月を追いかけたり、空に輝く一番星を探したり、リリリと鳴く秋の虫の音を聴きながら手を繋いで歩く。
歩き疲れたわけでもないのに「だっこして」とせがまれ抱き上げると、くっついたところから娘の子どもらしい体温が沁みる。時おり触れる吹きさらしの頬の温度差に、季節の変わり目と近くまで迫る冬を感じた。

抱える娘も随分と重くなった。
保育園へ通い始めた頃は、同じ距離でも息が上がることはなかった。
仕事終わりに娘を抱えた一歩目の重力だとか、投げ出された足が私の足に当たる場所が変わっただとか、首に回された手で苦しくなることがないだとか、顔の横にくる頭がだいぶ大きくなっただとか、思い起こした記憶はいつの娘のものだっけとか。
信号が変わり、車やタクシーが一斉に走り出す音が聞こえる。その余韻がひどく静かなものに感じる秋の道は、えてしてノスタルジックな気持ちになるのだ。

肩口でごそごそと動き上を向いた娘が「うわあ」と抜けた声を出す。
「今日、お星さまいっぱいみえるねえ」
見上げるとぽつりぽつり、小さな光が見える。
秋の星座が見える頃なのかなあ、というと、秋の星座ってなに?と腕の中で足をばたつかせながらいう。
「カシオペヤ座とか、ペガスス座とか、あとは」
と言ったところで、夕日が落ち切っているのに気がついた。
息を吐いて「まっくらになるから急ごうか」と娘を抱えなおす。娘の上半身はぐらりと揺れるが、気に留めず天井にちいさく瞬く星を眺めていた。
星が好きなら、山で一夜を過ごそうか。そう考えているとじんじんとした疲労が二の腕まで登ってきた。肩にかかった仕事用のバッグがずり落ちそうになるのをこらえる。
あともう少し、このままで。
わずかに歩調を速めると、今日作る予定の夕食の手順が頭の中に流れだしてきた。

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