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きみのおめめ ワッフルとチョコレートソース #28

「ずっとずっと、いっしょにくらしたいよねえ」
向かいの席に座る娘が、そういってフォークを持った。

店内の光をまとい、スイーツはより魅力的に見える。
5歳の娘はレジの横にあるショーケースを右端から左端までひとつひとつ丁寧に見つめたあと、「これが食べたくなっちゃった」と四角いワッフルを指差した。じゃあそれにしようかと娘にいうと、
「よかったら」
と、頭上からかけられた声に体を起こす。
「チョコレートソース、キャラメルソース、あとははちみつ、お好きなソースがあればおかけしましょうか?」
深緑のエプロンをつけた店員さんが娘を見ながら答えを待っていた。娘は話しかけられたことに驚きつつも、すぐに「チョコレート!」と跳ねた。
「あたたかくしますか?」と聞かれた娘は店員さんを見上げ、お願いしまあす!と手を挙げた。
ありがとうございます、と伝えてレジへと進み、もう一度ショーケースの方を振り返る。
先程の店員さんが大切なものを掴むように、銀色のトングでワッフルを白い皿に乗せている。
ありがとうございます。もう一度思う。
娘に向かって話をして、問い掛けてくれて。
対等に扱われたことに気をよくした娘は、心なしか胸を張って店内を歩く。

カウンターで追加のコーヒーを受け取って、2人掛けのテーブルに着く。
正面に座った娘はたっぷりかかったチョコレートソースに「うわあ!」と声を漏らした。
ちいさな四角くになるように、ナイフとフォークで切る。その間娘はじいっと待った。
香ばしく焼かれた生地にナイフを入れると、凹みにたまったソースがとろりと皿に落ちた。
見て、おいしそうだねと見せながら、娘の体温が側にないことに気づいた。
最近まで隣のお席じゃないと嫌だ、さみしいからお膝のうえで食べると譲らなかったのに、すんなりと正面に座っている。
同時に、私の思う最近はほんとうに″最近″だったのかとも思う。
頭のもやを探るけれど、はっきり思い出そうとすればするほど、包み込んだはずの両手から記憶の砂がさらさらとこぼれ落ちていく気がした。

最後のひとつを切って、その一切れをフォークで刺し娘の口元へ持っていくと、何の躊躇もなく「あーん」と大きな口を開けて待つ。
もぐもぐと口を動かしながら、我慢できなかったのかくっくっく、と笑い、両手で口を覆いながら「おいしーい」と言った。

あっという間に半分をたいらげた娘の口元を拭きながら、かかは娘ちゃんと過ごす、こういうゆっくりした時間も好きなんだ、という。
口元の次は頬をむにむにと拭かれながら、娘はえー、へへ、と照れたように笑う。
はい、きれいになった、と頬に落ちていた髪の毛を耳にかける。
娘は「ありがと」と言い、「娘ちゃんとかかとと、ずっとずっと、おばあちゃんになってもいっしょにくらしたいよねえ」と続ける。
そうだねえ、一緒に暮らしたいねと答える。
「娘ちゃんもかかもおばあちゃんになって、とともおじいちゃんになって、ずーっとみんないっしょだよねえ」
もう一度、そうだねえと言って、腕を伸ばして娘の髪の毛を、眉毛を、頬をなでる。
娘は、ふ、ふ、と笑いながらフォークを持ち、残り半分のワッフルにとりかかる。
さく、と刺されたワッフルは断面を見ると余すことなくチョコレートが染み込んでいた。軽いBGMに乗せられて、甘い甘い香りが漂っていた。

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