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きみのおめめ 眠れない夜 #32

ためらいがちに鳴った引き戸の音に、本を閉じた。
夏の静かな夜、ダイニングテーブルに置いた読書灯だけがぼんやり揺れる。影と光の境目に置いたマグカップの縁は、かすかな光を集め細く弧を描いていた。
おずおずと開いた戸から、6歳の娘が顔を出す。ちら、と時計を見て、ばつの悪そうな顔をした。
寝れないのと問うと、何も答えずスンと鼻を鳴らす。そのままぺたぺたと足音を立てそばに来ると、私の膝にトン、と座った。
向かい合わせに抱き合い背中をなでながら、寝れない日ってあるよねえ、と言うと、かかもそうなの?と頬を擦り寄せる。
クーラーで冷えた肌に娘の体温は熱く、頬の滑らかさに、わずかな明かりに光る細い髪の毛に、その匂いに、見下ろしたまつ毛に、静けさの中遠く聞こえる車の走行音に、夜泣きが酷かった頃を思い出した。
あの苦しくて苦しくて、ただただ苦しかった夜も、腕の中に娘の体温を感じていた。

昔ね、娘ちゃんが赤ちゃんだった頃もこうやって抱っこしてたんだよ。歌を歌いながら、こうやって、ゆっくり揺らしてね、そしたら娘ちゃんはずっと泣いてるんだけど、しばらく、かなりしばらくしたら泣くのも疲れてうとうとしはじめてね。やっと寝たなあと思ったら、かかはもう力がなくて動けずに、このまま座って朝まで寝ちゃったりね、してたんだよ。

懐かしいなあ、と付けた。
とん、とん、とん、と背中をたたきながら揺れる。
娘はふふ、と笑い、間延びした声で、赤ちゃんのときにぃ?それって何回くらい?と聞く。

ずっとだよ、何回とかじゃなくてね。赤ちゃんのときずっとだよ。
ふふ、とあくびまじりにもう一度笑う声を聞きながら、とん、とん、とん、とあわせて揺れる。

目をつむると浮かぶあの頃は、なぜかほんのり甘くて、それでもやはり海底でもがいているようで苦しかった。
あの時は過去になったのだ、と当然のことを思う。
肩に当たる娘の頬が熱い。すうすうと寝息を立てる娘の背中をなでた。

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