ごめんね、いつだってほのおを選ぶよ。
小学生の頃、サンタクロースがやってきた。
枕元に置かれたのは、「ポケットモンスター レッド」。
まだ寝ている弟の枕元を見ると、「ポケットモンスター グリーン」が置かれていた。
◇
ポケットモンスターを見た私は、歓喜した。
弟をゆさゆさと揺らして起こし、一緒に並べて置いてあったゲームボーイポケットの包み紙を剥ぐ。
おかあさん!乾電池!
準備よく、リビングのテーブルには単四電池が8つ並べてあった。
4つずつ弟と分けっこして、プラスとマイナスを間違えないようガチャガチャと入れる。慌てる手で、右上にある電源をONにした。
「ピコーン」
世間で人気を博したポケットモンスターは、発売から約1年後、私たちきょうだいの元へやってきた。
◇
その日からしばらく、夢中でポケモンをプレイした。
オーキド博士からもらうポケモンはヒトカゲにした。
だって、私がサンタクロースからもらったのが「レッド」だったから。
初めてもらったそのヒトカゲを、大切に大切に育てた。
HPが2/3以下になると、回復してもらいにポケモンセンターへ駆け込んだ。
草むらでコラッタやキャタピーを捕まえても、戦闘はいつもヒトカゲ。
みるみるうちにレベルが上がって、他の仲間とのレベル差が広がってゆく。
けれど、ひっかいたらすぐに倒せる相手ばかりで、私もヒトカゲもぐんぐん進んでいった。
一番初めのジムリーダーはタケシだった。
いわタイプのポケモンを中心に編成していたため、ヒトカゲのレベルばかりあげていた私のパーティは苦戦した。
ひのこを覚えたヒトカゲも、タイプの相性が悪く、相手のHPを5削るのがやっとだった。
なんとかキャタピーとコラッタ、ビードルなどでイワークを倒し、初めてのジムバッチを手にいれる。
何度だって思い出せる。
だって、私はこの戦いを何度も行ったのだ。
◇
ある日、四天王を倒してやることがなくなった私は、絶対にやってはいけないことに手を出してしまった。
友人から聞いた「レベル100になる裏技」。
すぐに私は、方法をメモした。
ヒトカゲから大切に育てた大好きなリザードンを、レベル100にしてあげたかった。
レベル80ほどから100へ上げるのは、遠い遠い道だった。
よし、やってみよう。軽い気持ちで、道具の7番目にカーソルを持っていき、セレクト、B、Bと間違えないよう、メモを見ながら丁寧に押した。
私の大切なリザードンは、レベル100になった。
よかった!これで私のリザードンは強くなった!
野生のポケモンを一瞬で倒すリザードンを頼もしく思い、心躍った。
一通り満足したら、忘れないようセーブしてぐっすりと寝た。
朝起きて、さあ今日も、と電源をONにすると、オープニングがおかしくなっていた。
不思議に思いながらもAボタンを押して進める。
リザードンは、レベル100。だけど、一緒に戦ってきたフリーザ、ギャラドス、サンダース、他のポケモン達の技がおかしくなっていた。
サア、と血の気が引くのがわかった。
バグ。
これは、バグだ。
裏技を使うとバグが起きるかもしれないという噂は聞いていた。
けれど、友人はバグなんて起きないって言っていた。
慌ててリザードンのステータス画面を開く。
そこには、私がつけたニックネームではない、何かよくわからないカタカナの名前が並んでいる。
もう一度、血の気が引いた。
私のせいで、リザードンは得体の知れない悪いものに侵食されてしまった。
共に何十時間も旅してきた仲間が、私が裏技を使ったせいで、死んでしまったように感じた。
◇
何日か悩んで、私は「はじめから」を選択することにした。
再スタートをして、しばらくしたところで「セーブをする」を選択すれば、裏技を使って変になってしまったデータは上書きされて消える。
新たな冒険が、新しく私の物語として上書きされる。
オーキド博士が見せてくれる3匹のポケモンは、どのこも可愛らしい顔でこちらを見てくる。
ひときわ、ヒトカゲのつぶらな瞳は、きらきらと輝いている。
絶対に、もう近道をしようなんてしない。
そう思って、もう一度ヒトカゲを選ぶ。
そして、何時間もプレイして、また仲間達を育てて、ジムリーダーのタケシを破るのだ。
タケシから、バッジとひでんマシンを手にする。
さあ、次の街へ。
そろそろデータを上書きしないと。
そこで、ふと立ち止まる。
ここでデータを上書きしてしまったら、私のせいで壊れてしまった、「はじめのヒトカゲ」に会うことはできなくなる。
もう、あのデータで遊べないことは分かっているけれど。
時間をかけて悩んで、そして結局、セーブをしないまま、電源をOFFにする。
それを、何度も何度も、繰り返した。
何度も何度も、3匹の中から、ヒトカゲを選んだ。
幼い頃の私は、なぜかそれが償いだと思っていた。
結局は、その次の「ポケットモンスター イエロー、ブルー」が出て、「レッド」をプレイするのをやめるまで、上書きセーブをすることができなかった。
あの「レッド」の中には、今でも壊れてしまったヒトカゲがいる。
そして、後に発売されたシリーズでも、初めのポケモンは必ず「ほのお」タイプを選んでしまうのだ。
ほのおの裏に見えるヒトカゲ。
ごめんね、いつだって君を選ぶよ。
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