シアトルラテと尻の跡


 朝から来客があった。

 うーん、あのオッサンの仕事は面倒なのが多いから、クーラーは控えめでいいな。よし、30度に設定しておこう。外気温と比べれば、十分に涼しいだろう。

「ご無沙汰しております」

「やあ、相変わらず落としたコロッケも平気で食ってるのかね?」

 ふと見ると、彼の手にはコンビニの袋があった。

 お、スタバのシアトルラテを差し入れか。気が利くではないか。確か210円だったな。よーし、大サービスだ。28度に設定してやろう。

 オッサンは1時間ほどして帰っていったのだが、椅子を見ると、尻の形がくっきりと残っていた。汗のあとである。座面がゴム状の素材でできていて、濡れた跡がはっきりと出るのである。

 うーむ。

 インテリアデザイナーにもらったなかなか格好いい椅子なのだが、オッサンの汗が染み込んだとなると、あまり気持ちよくない。しかも、尻の汗だ。

 ま、尻の汗も腕の汗も成分的には同じか。

 いやいや、そんなことはない。

 そんな安易な判断をしてはいけない。論理的に考え抜くことこそが、正しい表現へと続く道なのだ。考え抜くことができないなら、文章を書く資格などない。

 なぜ、尻の汗がイヤなのか。それは、言うまでもなく、気分的な問題である。例えば、テロリストに「汗をなめないと殺す」と脅されたら、やはり尻の汗よりも腕の汗を選ぶのではないか。

 いやいや、待てよ。

 例えば、あのオッサンの代わりに汗かきの女性が座っていたとしよう。くっきり尻のあとが汗で残っていた。

 汗は汗だ。女性とオッサンで、汗の成分が変わるわけはない。だが、女性の汗のあとなら、私の今の不快感はそれほど大きくなかったのではないか。

 いや、むしろ、好みの女性であるならば、「ほお、尻の形がくっきり」などと喜んだのではないか。思わず写メを撮った可能性もゼロではない。待ち受け画面にして、時々眺めながらニタニタしている可能性も大いにある。

 同じ汗でありながら、これほどの差が生まれるとはっ。主観のなんと不可思議であることかっ。

 などと考えているうちに、気が付くと1時間ほど過ぎていた。

「またつまらぬことを考えてしまった」と私は呟いた。「しかし、女性の尻の跡というのは魅力的な素材である。今度女の子が遊びに来たら、室温を高めに設定しといてやろう」

 私は、ニヤッと笑いながらシアトルラテの残りをズズズッと飲み干した。








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