怒りながら弔電を送る人
知り合いが亡くなった。
「ああ、それは大変でしたね」などと気を遣わなくても結構だ。歳をとると、知り合いなんてドンドン死ぬ。いちいち気にしていたら、のんびりガリガリ君を食ってる暇もなくなるのである。
メールの本文をよく見ると、今日が告別式である。
あれぇ、いつ来たんだ、このメール。などと確かめてみたら、随分前に届いていた。さほど親しい人ではなかったので、チラッと見たまま忘れてしまったらしい。
まあ、歳をとるとよくあることである。いちいち気にしていたら、のんびりキャラメルコーンを食ってる暇もなくなるのである。
しかし、困ったな。今は、事務所である。私は、ジーンズしかはかない人間で、着替えに家に帰っている時間はない。しかも、今日はユニクロの安い安いジーンズだ。
なんとなくなんだが、リーバイスのジーンズなら葬式でも許されるような気がする。だが、ユニクロは駄目だ。
「今日は、ジーンズなので失礼になります。ここから見送らせていただきます」
「そんなこと気になさらないでください。どうぞ、中へ」
「いや、しかもユニクロですから」
などとシミュレーションしていたのだが、よく考えると奥さんは私の顔を知らない。蒸し暑い中、汗をだらだら流しながら道端で突っ立っているジーンズをはいた男としか認識されないだろう。
相手に伝わらなければ意味はない。自分の中のけじめだけで生きていけるほど、私はハードボイルドな男でもない。
告別式には出ないことにした。
まあ、歳をとるとこういうこともある。今回の告別式には出なくても、次に出ればいいのである。そんなことを気にしていたら、のんびりココナッツサブレを食ってる暇もなくなるのだ。
仕方がないので弔電を出すことにする。
いつもなら何を買うにもネットで情報を集め、慎重に慎重を重ね、時には石橋を叩き割ってからコンクリートで橋を作り直すほど念には念を入れるのだが、さすがに時間のなさに焦っていた。
つい、NTT西日本にネット注文してしまったのである。
「なに、台紙がいるのか。ふむふむ、これが『おすすめ』か。なに、三千円だとっ。くそっ。まあ、仕方がない。これにしよう」
あとで調べてみると、他にも安い台紙や、さらには一番下の段には「無料」のものまであるのに、焦っているからそんなものには気が付かないのだ。半自動的に「おすすめ」をクリックしてしまう。人の弱みに付け込んだ詐欺的商法といっても過言ではない。
「次は、弔文を入力するのか。よし、腕の見せ所だ」
私は、どっちかっつーと文筆稼業の人間だから、弔文だって文例から選ぶなんていうことはしない。ちゃんと自分で考えて、心のこもったオリジナルなものを送るのである。
「よし、これで完了だ」
パソコンの画面に弔文の値段が加算される。金額を見て驚いた。
「なに~っ。13,650円ですとおっ」
どうやら、文字数が多いと、金額も高くなるようなのだ。そんな馬鹿なことがあるか。
確かに昔は電報を打つのは大変だった。電話がない時代、緊急の連絡をする際に不可欠な通信システムだった。できるだけ短く、要点だけを伝えるのが庶民の知恵であり、ドラマなんかでよく見たのが「チチキトク スグカエレ」というものである。
だが、今はそんな時代ではない。
あ~、こらこら、NTT西日本のクソボケども。
文字数で金額を決めるなど、いつまで電報時代の値段設定を使うつもりなのだ。それともお前らが弔文に使っているインクは、それほど高価な特殊なものだとでも言うのか。そんなことはあるまい。どうせ、お祝いやらお悔やみやら、特別なことだから、金を出すだろうとでも考えているのだろう。お前たちは、詐欺師にも劣る恥知らずである。
しかも、こんな商売をやっていて、「いやあ、最近、弔電の利用客が落ちてるんですよ。なにかいい方法ないですかね」だと? あるわけないやろ、アホたれがっ。
私は、せっかくの力作お悔やみ文を削除し、「ご逝去の報に接し、心から哀悼の意を捧げます」という22文字693円の例文を選んだのである。
人の死を商売にするのは、まあ、いいとしよう。だが、こんなやり口は許さんっ。NTT西日本の仕事ならやったことがあるし、随分稼がせてももらったが、それとこれとは別だ。
若い頃なら、同志と共にNTT西日本に対して宣戦布告するところなのだが、なにしろ私ももう歳だ。こんなことでいちいち戦争を起こしていては、のんびり源氏パイを食ってる暇もなくなるのである。
歳はとりたくないのものだ。
そうは思わんか?
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