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【第6話】崩れゆく精神

返杯


「さぁさ、おひとつどうぞ」

相手に「返杯」と言ったあとに
自分のグラスを空になるまで飲む
空いたグラスを相手に渡し、
グラス半分の量のお酒を注ぐ
相手は一気に飲み干し、グラスを返す
返されたグラスを持ち、相手に注いでもらう


そんなルールがあるなんてその当時は
全く分かりませんでした。

ようこさんはその後ルールを改めて
私に教えてくれるのでした。

お酒が強いということは現代ではあまりもてはやされない
しかし、その当時は 酒が強いということだけで
一目置かれるそんな時代でした。


「ご返杯!はい!ご返杯!」

何度繰り返したことでしょう。

そんな 繰り返しをやってる最中に
ようこさんは 突然 何か思い出したように
階段下へと駆け下りる しばらくしてまた 駆け上る
何か手にして嬉しそうに私にそのものを預ける

もう私も限界が来ているのだが
手にしたものを見た時

「ゾッ!」

とした。

それは 酒の盃なのだが何か様子がおかしい
その盃には小さな穴が開いていて、、、
どうやら ご返杯専用の盃のようだ

盃の底には小さな穴が開いていて
持つ手の親指で塞いでおかないと
【ションベン小僧】のように
お酒が漏れ出す仕組みなのだが
もう私はこの盃の開発者に
敬意を通り越し、憎しみに変換されようとするとき
今まさに注がれんとする徳利の背後に
新しき徳利が2,3本配置されようとしているさまを見て

これはさすがに ようこさんに恐怖を感じてきた。
だが!私もこれは引くに引けない!!

(いやもうどこかで酔いつぶれて死んでもいいか)
(そうだよな、それもいいよな)
(だって死のうと思ってんだし)
(よし!今日はとことん飲んでやろう)

私は覚悟を決めた!

覚悟を決めた人間は強いぞ!!



私は朝方まで旅館のトイレを占領した



これ以上怖いものはない。

私は無敵。


さあ、かかってこい!


「、、、zzZ」



目が覚めたら布団の上だった。
頭が割れるように痛い。
そして、我に返る。

泣けてきた。
私は、いったい何をしてる?

それとなんか、左腕の感覚がない。

え?、、、ええっ?

となりにようこさんが、、!に?

腕枕


こっそり腕を抜いて一から思い出そうとしました。
あらぬ事!しでかしていないか?
自分を確認してみる。

(大丈夫。な、筈。)

(パ、パンツ?)
(私のおパンツはどこ?)
(浴衣も帯もない?)
(私はスッポンポン。)
取り敢えず正座をして思い出そうとした。
そこへ、女将さんが来て私の服を持って来てくれた。
(ワイシャツとスラックス、、、
しっかりアイロン掛けされている)

「まあまあ 昨日は本当に楽しかったわ 服は着てください」

女将さんに窘(たしな)められた。

「私は昨日のことを全く覚えてないんですけど
私は皆さんにご迷惑をかけていませんか?」

と聞くのが精いっぱい


たんこぶ




「と、とにかく 記憶が曖昧で…」

すると 、女将さんは私にこんなことを言うのです。


「家出はいけませんよ。ご家族が心配なさってる。
今からでも遅くないからお家に連絡をしてあげなさいな。
人生は 何とでもなるのですから、陽子があなたを殴ったのも
陽子の父親が借金を抱え夜逃げ同然で出て行ったから
きっとあなたの告白を認めたくなかったのね。」


私は耳を疑った。
頭が痛かったのは酒のせいではなかった。
そして、告白??
私は酔いに任せて、どうやら全てを打ち明けたらしい。

徐々に
思い出されてきた。


太陽の子



陽子さんが私を殴ったと?
左目の上にたんこぶができていた
その後 女将さんから弟さんの話も聞かされることになる
彼は口が聞けない
生まれた時から口が聞けないのだ
父親はそれを嘆き、
つらく 弟さんに暴言や暴力を奮っていたという。
そんな弟をずっと 陽子さんは かばってきたし、
2人を置いて出て行った父親には
相当の恨みつらみがあるということ。

私は合点がいった。 


女将さんは
続けて私にこんなことも言った。

「あなた陽子の父親になんとなく似てるわ目元とか。
陽子があなたに手をあげたのも
きっと酔っ払ってあなたを
父親と勘違いしたんじゃないかしら。
許してあげてね。」

左腕のしびれが和らいできた

「女将さん ご迷惑おかけいたしました。 会計をしてください。」

私は陽子さんを起こさないように

ギシギシ音のする階段を

音を立てないように

ゆっくり

忍ばせた。



【第7話】迷い猫


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