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海で濡れる

棚に並べられた瓶。

その瓶には、海が詰められている。

くすんだラベルに、

「ハバナ」

と書かれた瓶をテーブルに置く。

陽の明かりが海の中を通り抜け、壁に、落ちる。

壁には水色の蜜蜂が投映された。

瞬きをする。

すると蜜蜂の羽が動いた。

瞬きを繰り返す。

なるべく早く。

すると蜜蜂は壁を旋回した。

しばらく旋回したあと、

蜜蜂は

壁のシミにとまった。

白ワインの、透明なシミ。

もう一つ瓶をテーブルに置く。

その瓶には「ル・アーブル」と書かれている。

陽の明かりが海の中を通り抜け、壁に、落ちる。

壁には男の背中が投映された。

背中には雲雀の刺青が彫られている。

瞬きをする。

すると男は背中を向けたまま歩きはじめた。

がっしりとした肩が、少し揺れている。

しばらく歩いたあと、

男は

膝を抱えて座った。

水色の蜜蜂の映像

雲雀の刺青の男の映像は、

隔たれている。

映像と映像の間は、

愛撫でくねる身体のよう。

ラベルのない瓶を取り出し、

その

「間」

に向かって投げる。

壁一面に名無しの海が広がり、

全ては消えた。

床に向かって、海が滴り

落ちる。

床から塩の香りが立ち昇る。

海面で、一匹の蝿が、

浅い呼吸をしていた。

僕は、

それを紙で包んで、

外に捨てた。


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