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エッセイ:大ちゃんは○○である⑬

焼き肉店でアルバイトする中で印象的だった出来事2つ目は接客関係だ。
飲食店には本当に様々なお客様が来るが、
これがお酒を提供するお店ということになると、バラエティーに富んだお客様はますます増える。
家族の集まり、ユニークな集まり、ひょうきんな集まり、オタクな集まり、スケベな集まり、めんどくさい集まり、これ何の集まり?etc
といったように、まあ様々なグループが来店されるわけだが、
とある日の深夜の集まりで事件は起きた。

先にも書いたが、焼き肉店『どんと』の閉店時間は深夜2時でラストオーダーは1時半。
つまり1時半以降の入店は行っておらず、仮にお客様が来店されたとしても入店はお断りしていたわけだ。
ある日のこと。
平日の深夜はお客様の入りは少ない。その日も普段と変わらず、ラストオーダーの時間には1組のお客様しかいなかった。
その日のその時間のスタッフは店長と副店長に、僕を含めた3人。
店長・副店長は厨房におり、僕はホールを担当していた。
1時半になり、僕はいつも通りお客様にラストオーダーの確認をしに行く。
最後のお客様から新しい追加のオーダーは入らず、来客ももうないので、僕はできるところから閉店に向けた清掃・ゴミ出しを始めることにした。
ゴミを出しをする為、勝手口から外に出た時だっただろうか。
店の前にある専用駐車場に、1台の車が入ってきた。
真っ黒なボディにスモークガラスを施した、それはそれはお高そうなベンツだった。
スムーズに駐車を終えたベンツはエンジンを切ると、運転席から上下ジャージ姿の若い男が颯爽と降りてきて、後部座席のドアを開ける。
その俊敏さたるや、よく訓練された兵士のようだ。
すると、開けられたドアからハイヒールを履いたおみ足がスッと伸びてきて、夜の匂いを周囲に撒き散らすような1人の蝶が降り立った。
僕はしばらくその場に立ち尽くして様子を見ていたわけだが、夜の蝶が両手を上に伸ばしてストレッチをするような仕草をしていると、後部座席からもう1人の足が現れた。
ゆっくりと全身を車外に現したその姿は御年70ぐらいになろうかという紳士。
小綺麗な格好をしているが、明らかに一般の方とは違うオーラを全身に纏っていた。
「親父、長時間お疲れさまです!いやぁ、腹減りましたね。」
ジャージ男が自分の腹をさすりながら紳士に言った。
「私も~~。お腹ペコペコ~。」
夜の蝶も甘えた声で自身の空腹を訴えた。
紳士はあまり表情を変えることなく、小さく頷いた程度だっただろうか。
そんな様子を店の勝手口を出た所から遠目で見ていた僕だったが、3人の男女が店の入り口に向かって歩を進め始めた時、僕はハッとして気がついた。
『ヤバい!ラストオーダーは終わってるじゃないか!入店をお断りしないと。』
急いで店内に戻り、出入口の所まで僕は走った。
自動ドアが開き店に入ってくる3人の男女。
改めて、明るい所で目にした圧倒的なオーラに気圧されそうになったが、
僕は落ち着きを装いながら、声を絞り出した。
「お客様、大変申し訳ございません。本日ラストオーダーの時間を過ぎてしまいましたので、またのご来店をお願いしてもよろしいでしょうか?」
すると若い男が返す刀でこう言った。
「あぁん!!いいから、席に案内しろ!そんなもん、なんとでもなんだろーが!」
なんと…なんだろうこの、この世のルールは俺なんだ的なこの発言。
これは…長い夜になるかもしれないぞと頬を伝う汗を拭いながら僕は思った。

つづく


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