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エッセイ:大ちゃんは○○である⑦

終電はとっくに終わり、人通りのない駅前。
深夜の静けさで、自分たちの嬌声だけが響く夜の街。
テンションの上がった酔っ払いご一行は、それぞれが千鳥足で足をもつれさせながらカラオケ店へと向かった。
僕が住んでいたのは京都府にある亀岡市という所。
盆地になっており、夏はひどく暑く冬はひどく寒いというファンタジーな場所だ。
少し余談になるが、亀岡は戦国時代、明智光秀が織田信長の命を受けて築上した丹波亀山城があった地だ。
丹波統治の拠点として築かれた城で、『本能寺の変』の際に明智光秀が、「敵は本能寺にあり」と出陣したのもこの城だった。
現在、遺構はほとんど残っておらず、天守台の石垣も積み直されたものだそうだ。
なお、伊勢の亀山と紛らわしいので、明治になってからこの土地の地名を亀岡と改めることになり、城の名前も亀岡城とされた。
興味のある方は是非調べてみていただきたい。

さて、カラオケ店に着いた酔っ払いご一行はここでも派手な迷惑行為をしてしまうのである。
部屋に入るなり
「じゃあまず、俺からいっちゃっていいですか?」
と後ろ髪を肩甲骨ぐらいまで伸ばしたロン毛の酒井が口火を切った。
「おう!いけいけ!お前の美声響かしてやれ。」と岡本が煽る。
「俺、プロの歌手になりたいんだよね。お前らにも聞かせてやるからな。」
なぜか酒井は僕と松岡の新入生二人組に向かってドヤ顔を決め、DA PUMPのifを入力した。
きっと相当の自信があるんだろう。
イントロが流れ始め身体でリズムをとる酒井。
歌い始めて、甘い声を出そうとする酒井。
サビに入り自己陶酔に入り込みだした酒井。
俺、ラップまでやれちゃうんだぜ、ばりにマイクの持ち方を変える酒井。
歌い終わって、満足そうな表情を浮かべる酒井。
総評は、、、『うん、、ふつう。ふつうの中のふつう』
皆から「フューフュー!」という歓声と拍手が起こる。
「やっぱ俺、プロいけちゃうかもしんねーな。」とご満悦だった。
「大門と松岡もさ、1曲づつ歌ってみろよ。」
酒井のオンステージが終わると唐突に岡本が僕たちを指名した。
数時間共に時間を過ごしたとはいえ、初めましての面々の前で歌うカラオケほど嫌なものはない。
『まじかよー。この空気の中で歌うのヤダなー。』と思いながら、チラッと横にいる松岡に目をやると、松岡は臆した様子もなく選曲を始め
GLAYの彼女のModernを入力した。
イントロが流れ始め身体でリズムをとる松岡。
歌い始めて、甘い声を出す松岡。
サビに入り、他人を陶酔させ始めた松岡。
マイクの持ち方は変えずに最後まで華麗に歌い上げた松岡。
総評は、、、『う、うまい!うますぎる。酒井さんが可哀想になるぐらいうまい。』
他の先輩達の表情を見回してみても、僕と同じような感想を持ったようだった。
聞くと、松岡は高校時代地元でGLAYのコピーバンドをやっていたということで、ボーカルを務めていたらしい。
ファンもそこそこいたというもんだから大したものだ。
ちなみに最初に僕にギターを教えてくれたのは彼であり、楽しさを教えてくれたのも彼だった。
今では連絡を取り合うこともなくなってしまったが、彼にはとても感謝をしている。

松岡のオンステージが終わり、感動したのも束の間。
岡本が再び口を開いた。
「いやぁ、すごいね。松岡すごいわ。お見事お見事。じゃあ、次大門いってみようか。」

つづく

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