多言語多読の定番の原書に挑む

去年フランス語を始めて学習が軌道に乗ってきた時に「あれ」に取り組むのも近いかもなという予感があった。フランス語で読みたい本はいくらでもあるが、その最上位に位置する作品 Le Petit Prince (星の王子様)だ。
この本は子供向けに書かれているとはいえ、内容は詩的で含蓄に富み、大人でも楽しんで読める。平易な言葉で深い内容が表現されているため、外国語として読むのにちょうどよいものとなっている。しかも、多数の外国語に翻訳されているということもあって、「一冊目に読む洋書」として定番になっている(と思う)。また潤沢な翻訳資料であることもあって、言語学の入門書のマテリアルにすらなっている。

https://www.amazon.co.jp/28%E8%A8%80%E8%AA%9E%E3%81%A7%E8%AA%AD%E3%82%80%E3%80%8C%E6%98%9F%E3%81%AE%E7%8E%8B%E5%AD%90%E3%81%95%E3%81%BE%E3%80%8D-%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E8%A8%80%E8%AA%9E%E3%82%92%E5%AD%A6%E3%81%B6%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE%E8%A8%80%E8%AA%9E%E5%AD%A6%E5%85%A5%E9%96%80-%E9%A2%A8%E9%96%93%E4%BC%B8%E6%AC%A1%E9%83%8E/dp/4904575873

私も『星の王子様』には随分と外国語の勉強教材としてずいぶんとお世話になった。子どもの頃にこの作品を読んだ記憶はないのだが、原作者のサン=デクシュペリの伝記を漫画にしたものが家にあり、何度となく読んでいたのを覚えている。

『星の王子様』は世界的に有名な作品だが、殊に多言語界隈で有名という気がしなくもない。各外国語に翻訳された『星の王子様』の蒐集を趣味にしている方の話もちょくちょく見る。しかし実際の文学的な評価はどうなのか、というところが気になっていた。フランス語の youtuber のNelly 先生は、フランス語の本を紹介する動画で『星の王子様』を取り上げていて、その熱っぽさにちょっと嬉しくなってしまった。語学の教材としてだけでなく、文学としてもおすすめできる作品があることが羨ましいくらい。(例えば、日本語学習者にこのテンションで村上春樹を読むことをおすすめできるか、といえばやはりとまどうだろう。)


英語はもちろん、ロシア語やポルトガル語でも学習の一環としてこの作品は読んでいたので、フランス語でも読みたいとは思っていた。しかし、フランス語は原書なので、他の外国語のときとは違う緊張感を感じながら、ついに先日読み始めた。

DEDICACE A LÉON WERTH.

Je demande pardon aux enfants d'avoir dédié ce livre à une grande personne. J'ai une excuse sérieuse : cette grande personne est le meilleur ami que j'ai au monde. J'ai une autre excuse : cette grande personne peut tout comprendre, même les livres pour enfants. J'ai…

Le Petit Prince

一読して「なんとかいけそうだ」と思った。読解の際の自分の頭のなかをなるべく書きだしてみる。

Je demande pardon は「許しを要求する」つまり「ゆるしてほしい」ということみたいだ。aux enfants 「こどもたちに」d'avoir dédié ce livre à une grande personne.「この本を(ある一人の大人(もしくは大きい人?)に捧げることを」J'ai une excuse sérieuse 「私には真面目な言い訳があるのだ」つまり「ちゃんとした理由がある」ということかな。 cette grande personne est le meilleur ami que j'ai au monde.「この大人は世界でもっともよい(つまり一番の)友達だ(つまり「親友」か)」 cette grande personne peut tout comprendre, même les livres pour enfants.「この大人は、この本が子供向けとはいえ、すべてを理解することができる」tout を不定代名詞(すべて)と訳してしまったが、この位置は文法的にひっかかるな。しかし tout を辞書で引いてみると「tout が複合時制の動詞の直接目的語のときは助動詞と過去分詞の間に置き」とちゃんと書いてあった。つまりこの解釈でいいのか。

もちろん辞書なしでは読めないし、ところどころ乱暴な推論で解釈しているところもあるが、内容がきちんと分かり、読むのが苦痛というレベルでもない。さすが Le Petit Prince だ。フランス語を始めて三カ月ほどの私でも意味がちゃんと取れる。

ただ、やはり自分のフランス語の文法知識がまだまだと思わされることも多い。第一章をなかほどまで進めていく。これは主人公がパイロットになった経緯を語った文章

J'ai donc dû choisir un autre métier et j'ai appris à piloter des avions. J'ai volé un peu partout dans le monde. Et la géographie, c'est exact, m'a beaucoup servi. Je savais reconnaître, du premier coup d'oeil, la Chine de l'Arizona. C'est utile, si l'on est égaré pendant la nuit.

前掲書

ざっくり日本語にする
「したがって私は別の技能を選ばなければならず、飛行士になるための勉強をした。私は世界中を飛び回った。そして地理の知識は、確かに、大いに役に立った。私は一目見ただけで中国とアリゾナを判別できた。これは夜に方向が分からなくなった場合に便利なのだ」

日本語にできても、文法的には消化不良なところはある。 la Chine de l'Arizona のところの de の文法的機能とかよく分からないし、(reconnaître A de B で「AとBを識別する」みたいな意味かなと思ったが、そのような例は辞書で見つけられなかったから、ここは解釈を改める必要がありそう) si l'on est égaré の le も何を指しているのかいまいち分からない。(ここは中性名詞だと思うが、est égaré が受動態だから、このあとに目的語は取れないはず…「(人は)迷った状態である」という意味はとれるものの、ここの le は文法的に不要ではないか?)

こういう疑問点をすぐ聞けるような先生が身近にいないのが、独学の難点ではある。ネイティブに聞くネットのサービスや人工知能を使って翻訳させるものもあるにはあるが、「非母語話者の思考法」で読解の方法を教えてくれるものではないため、あまり期待できない。ネイティブは教えるのに慣れた講師でもないかぎり「そういうもの」として処理させようとするし、AIは統計で翻訳するだけだから「どうしてそういう解釈になるのか?」ということは結局分からない。まあでも分からないところは、分からないものとして記憶にとどめておけば(決して放置するわけではない)、時間が経って分かるということもありえる。大事なのは、文章を解釈するさいにどれだけ自分で考えて仮説を立てて解釈したかということで、この繰り返しでしか読解力は鍛えられない。あまりやりすぎるとまったく読み進められないので、ほどほどでいいのだが、気になった文章は自分が納得いくまで一度検討してみるのがいい。もし難しすぎて思考する気にもなれないのであれば、それはそれまでで、今はその文に向き合う段階ではないということだ。逆に言えば、文法的には分からないし、語彙も難しいのだけど「読みたい、理解したい」と思える文章が、語学学習に適した教材だと言える。よく言われる「自分が読みたいと思うものを学習教材として読みなさい」とはつまりそういうことだ。

これまでフランス語は日本語で書かれた文法書とか youtube の動画で勉強してて、本のなかの文章を読んではこなかったから、こんな洗練されたフランス語にはほぼ初めて触れることになる。こういう文こそ精読する価値が高いと個人的には思うので、『星の王子様』で気になった文はnote上で取り上げて分析したいと思う。

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