ロシア語一日一善(279)

レフ・トルストイ編著  八島雅彦訳注  東洋書店から

Важно не количество знаний, а качество их. Можно знать очень многое, не зная самого нужного.

не А, а Б なので「AではなくてB」という構文をまず読み取ると「重要なのは、知識の量ではなくてその質なのである」знаний は знание 「知識」の複数生格の形だが、なぜ複数形になっているかが気になった.研究社の和露辞典で「知識」を引くと、「知っていること」という抽象的な意味では знание で、「習得・蓄積された知識の総体」という個別的な意味では знания と複数形になるようだ.以下辞書の項目を例文とともに挙げる.

〈知っていること〉 зна́ние
とても~のある人
о́чень образо́ванный [мно́го зна́ющий] челове́к; челове́к с больши́ми зна́ниями
~の宝庫
сокро́вищница зна́ний
~を深める
углубля́ть зна́ние
経済学者には数学の~が必要だ
Для экономи́ста необходи́мо зна́ние матема́тики.
〈習得・蓄積された知識の総体〉 зна́ния
古典芸術についての詳しい~
доскона́льные зна́ния по класси́ческому иску́сству
膨大な~
огро́мные зна́ния
彼はアメリカ音楽に関して相当な知識をもっている
Он ⌈име́ет больши́е зна́ния [облада́ет больши́ми зна́ниями] по америка́нской му́зыке.

「知っていること」という意味でも例文では複数形になる場合があるようだが、「習得・蓄積された知識の総体」という意味では必ず複数形になるようだ.今日まで気づいていなかったが、日本語で「知識」というとき、この二つのどちらかを指しているわけか.『新明解国語辞典』で「知識」を引いてみると、

ち しき① 【知識・〈智識】
㊀ある範囲の事柄について△知って(理解して)いることや内容

とあり、まさに「知っていること」がロシア語では単数形、「(その)内容」が複数形で表示されるというか(もちろん「知っていること」自体はいろんな種類があって数えられるのだから、二つ以上になる場合は複数形になる.つまり可算名詞の用法と不可算名詞の用法がある).問題の文では、知識の量や質という「数えられるもの」ものとして使っているので複数形になっている、という説明になりそうだ.

Можно знать очень многое, не зная самого нужного. :многое と нужного の後に省略されているのは、знание(знания) だろう。ここでは単数形になっているな....と思ったが、многое を辞書で引いてみると読み違いであることが分かった.この語は通常複数形の名詞とともに用いられて「多数の」という意味になり、многое と中性単数形で用いられているときは、名詞化した形容詞として機能し「多くのもの」となるそうだ.нужного も名詞として使われる形容詞としてみることができ「必要なもの」と訳せる.знания が省略されているとも読めそうだが、ここで複数形になっていないのはおかしい.(「必要な知識」がたった一つなんてことがあるだろうか?)зная は完了体の副動詞「〜しながら」だが、ここでは同時性を逆説的に訳すといいかもしれない.「多くのことを知っているのに同時に本当に必要なことを知らない」

試訳
大事なのは、知識の量ではなく質である。非常に多くのことを知っていながら本当に必要なことを知らないということがありうるのだ。

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