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――笛の音。

ゆるゆると、少女が舞い始める。朧げに、たなびく薄絹の衣。檜造りの舞台を擦る白い素足。すらりと伸ばされた細い手先に、玉虫色の扇が軽やかにその影を落としながら、妖しくも清冽に揺らめき操られている。部分的に緩く結い上げられた異国風の長い黒髪は、深めに袷せられた襟元に艶やかにまとわりつき、衣にあしらわれた細い金糸と絡み合う。つと、小屋掛けの入り幕からの川風が、大陸渡来の意匠が凝らされたその衣の裾をはためかせた。

瞬間、それが合図でもあったかのように、高らかに小鼓が打ち鳴らされる。舞台袖からは数名の少女が現れた。尺杖を手に、薄衣を幾重にも重ねた同じく大陸風の衣裳を纏い、舞に加わってゆく。しゃらりと振り鳴らされる尺杖に、小鼓、笛の音が交わり、音曲は徐々に激しさと軽快さを増してゆく。少女達は、鞠の弾むような、それでいて霞の靡くような、どこか遥かな風が流れるごとく蠱惑的な姿を見せている。対し、まるで夢でも観ているかのような面持ちの観客達。そして華やかさの骨頂へと極めてゆく、異国情緒に満ちた幻惑的な音色――。

やがて、演目が終わっても恍惚から醒めやらぬ、先程の一座の小屋の中。出入りする観客は騒然と、舞への歓声や次回の興行を求める熱狂的な叫びを飛交わせている。が、無人になった舞台には艶やかな香りが残るばかり。

そこへ静かに、音曲を奏でていた少年の一人が凛と進み出てきて佇んだ。やはり大陸渡来の趣のある装束を纏い、透き通る声音で次回の刻限を告げ、仕舞い口上を朗々と述べ始める。

颯爽とした立姿の少年。漂わせる風情さえ違えども、舞の中心にいた少女と瓜二つである。清らな面差し、吃とした目線に華奢な肢体。彼はこの一座独特の口上を終えたのち、客席に向かって舞台上から跪き、大陸風の礼の姿勢を取った。先の少女と同じく長い黒髪。高く束ねられた濡れ羽色が、こうべを垂れると裳裾のように鮮やかに広がる。包み込まれる細面の輪郭。薄らと伏せた切れ長の眼に、透けるような青白い瞼。未ださざめいていた観客達もひと刹那、水を打ったように静まり返り、その佇まいに観惚れた。――彼らは双児であった。


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