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『空白』

◆あらすじ◆
ある日、スーパーで中学生の花音が店長の青柳に万引きを見咎められ、逃げて道路に飛び出した末、凄惨な事故に巻き込まれて命を落としてしまう。シングルファーザーの添田充は、変わり果てた娘を前に泣き崩れる。日頃、娘の気持ちなど気にもかけてこなかった添田は、せめて彼女の濡れ衣を晴らそうと、青柳を激しく責め立て始めるのだったが…。



全役者の力量は素晴らしかった。
それ故、この作品の真意を見極めるコチラの力量も求められてる気がする・・・「ヒメアノ~ル」「BLUE/ブルー」で人の複雑で繊細な心理を描いて来た吉田恵輔監督なだけにそれが狙いだとも考えられるんだが・・・。

冒頭に声が出てしまう程にかなりショッキングなシーンが配置され緊張感に包まれる。
もちろんそれがこの群像劇の始まりだしこの物語の根幹をしっかり印象づける意味でも非常に強固な意志を感じる。

だがその後の展開では焦点が分散され【共感や寄添いの感情】が行き場を失くし迷子になる。
特に報道の描き方には正直悪意を通り越して滑稽ささえ感じて却って鬱陶しい。

その上、この事故を引き起こした原因に対するちょっとしたモヤモヤが冒頭で投げかけられるのだがそれは最後まで晴らされる事は無い。


古田新太演じる被害者である女子高生の父・添田充だが決して良い父親では無い。
威圧的で娘の話など聞く耳を持たない。娘に対して一切興味もなく何も知ろうとしない。いつ何時、誰に対してもとにかく自分本位なのだ。離婚の原因もそこに在りそうだ。
若い漁師を演じる藤原季節の「充さんが俺の親父だったらキツイっす」の一言は思わず首を大きく縦に降ってしまった。激しく同感である。
そんな父親が娘を失ってあそこまで盲信的に愛おしさを曝け出し加害者(実際は彼女こそ被害者だ)やその家族へ対しての横暴な態度には正直反感しか抱けなかった。今更何?だ。
そのエゴや思慮の無さに苛立ちさえ覚えた。まさに【自分の事は棚に上げて・・・】なのだ。


事故の原因になったスーパーの店長だがこれも松坂桃李がその人物像を見事に形成し、まるで覇気の無い何を考えてるのかちっとも判らないツマラナイ男と言う"完璧なインパクト"を打ち出してる。【人は好さそうだがただ単に父親から店を継いだ自分の意思は無い息子】像はラストまで未来を覗かせてはくれない。

インパクトと言えば寺島しのぶ演じるスーパーの店員・草加部麻子と言う善意の押し売りおばちゃんも凄かったな。登場と同時に若い店長に好意以上の感情あるなと匂わせてるのが気持ち悪い。この人の存在がどうにもこのストーリーの本線を歪ませてマスコミの滑稽な報道も相俟って前述した【共感焦点の分散】に加担してる。
とにかく寺島しのぶが偽善者振りを好演。
この人が同僚に居たら絶対に遠ざけるタイプだわ。

そして加害者女性(いやもう一度言うが彼女が一番の被害者だけどね)の母の出来過ぎな言動。この憎い程の見せ場になった【充との対比】は親と言う立場のあり方の両極で結局両者とも娘を亡くすわけだ。なんだかなぁ・・・。
この母親は事故を起こした娘に対してどう話していたんだろう?「お母さんも一緒に謝罪に行くから許して貰えるまで頭を下げなさい」とでも?アタシなら「飛び出した向こうが悪いんだから一度頭下げればイイ」って言っちゃうだろうな。あんなに"起きてしまった事故"に怯え、衰弱し頭を下げても下げても聞き入れられず怒号を浴びせられ・・・そんなの彼女の結末なんて想像がつくよね。
それを思うと何がなんでも歩行者は不注意で道路に飛び出しちゃならねぇんだよなと強く思うのである。
安全に運転して自分に非が無いとしても人を跳ねた感触は残るし、ましてや相手が死んでしまったら…考えただけでゾッとする。

その加害者側の誠意と真逆なのが学校側の態度だ。
とにかく知らぬ存ぜぬで体裁、世間体だけを意識し、面倒は御免と言わんばかりの厚顔無恥振り・・・唯一、若い女性教諭の素直な正義に気持ちが楽にはなるが…。


で、出した答え。


この作品の題名を思うに"人の秘めた感情"は誰かの"無意識の言動"によって徐々に刺激され膨らみ破裂する瞬間が来る。その他者の語られない【空白】にどれだけ思考を巡らせ、配慮を持てるか?それがもしかしたらモヤモヤの正体だったんじゃないか?と。

人間の言動は"善悪"だけでは割り切れないけど自分の放った言葉が自分には善でも相手には悪魔の言葉だったかもしれない。
自分を客観視出来ず、強い言動で鎧を作り、相手を少しも受け入れず猛進するのも人間なら自分の弱さに傷つき、自分を騙し、嘘を付くのも人間なのだ。
どんな立場でも向き合い、話し、紡ぎ出される言葉のその行間にある感情や想いを汲み取る事が人として繋がり生きる条件の一つなのではないか?

ニュースから流れる事件や事故に対して自分はどう思いどう考えそこに関わる人達に対して何を意識できるか?
日常に於ける自分の人間性はどうなのか?

失ってからその大切さに気付いても、もう戻らない事を改めて考えさせられる。

最後に言うが正直この父親には全く共感出来る余地は無かった。
娘への自分の失態を加害者や関係者を威圧する事で自分の中で誤魔化し正当化してるだけにしか見えない。突然の考えの変化も確実に遅いし父としての反省点はまるで無し。
「そう言う所だろ?!」とツッコミ入れた位だわ。


ラストも救われた様で意外に若い店長にとっては救いでは無かったかも・・・なんて思ったりしてね。もう永遠にスーパーの店長は消滅したと思うし焼き鳥弁当が旨かったとか…それは親父の代からやって来て自分が創り出した物でも無い。そう、自分が褒められたわけじゃないんだよ。
取って付けたみたいなあの兄ちゃんの"お言葉"はもしかしたら実は彼の少し残っていた自尊心を最小限までに削っちまったかもしれないよね。

そんな風に思いながらこの作品の永遠の救いの無さに吉田監督の『空白』の真意を改めて思い巡らして人と人との関わり合いはもしかしたら自分の中の『空白』を他人に埋めさせてはならないって事なんじゃなかろうか?とか思っちゃったりしてね。
土足厳禁なテリトリーを作っておかないとアイツ等みたいにズカズカと泥やクソ塗れの靴で踏み込んで来る奴等が居るって事を承知しておけ!って事でもあるかと・・・。


まぁ、そんな『空白』を想像するのはアタシくらいなもんで、おおかた胸にずっしり来る作品と言う事で収まるんだろうね。


実際そうだからそれはそれで善きかな。

傾向としては『スリー・ビルボード』に近い作品だが今作は個人的にちょっとTOO MUCH感が否めなかったな。 
あの『スリー・ビルボード』を観た時の脚本の素晴らしさや衝撃は感じなかった。


ただ、今作の唯一の良心と言うか救いは若い漁師の存在かな。
彼には共感出来たよ。とにかく常識的に見えたからね。



埋めたくなるのが『空白』かぁ・・・。


2021/09/30

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