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映画感想『インスペクション ここで生きる』

原題「THE INSPECTION」

◆あらすじ◆
ゲイであることで母に捨てられ、16歳から10年間ホームレス生活送ってきた青年フレンチ。彼は居場所を求めて海兵隊への志願を決意する。新人訓練では鬼教官の激しいしごきを耐えしのぐフレンチ。しかしやがて、ゲイであることが周囲にバレるや、仲間たちからも壮絶な差別を受けるようになってしまうのだったが…。


 ※今作が長編デビューとなるエレガンス・ブラットン監督の実体験を基に描いた自伝ドラマ。




『怪物』の感想で「子にとって親は唯一の味方と言えるが裏を返せば最優先の要警戒人物なのだ」と記したのだがまさしく今作『THE INSPECTION』はゲイである事で母子関係が破綻した青年フレンチの物語だ。


 
2005年イラク戦争が長期化する中、フレンチはホームレス生活に見切りを付け生きる為に海兵隊志願と言う道を選ぶ。

厳しい訓練と過酷な差別の中で自分のアイデンティティを見出していく姿を描くのだが、この作品で興味深いのは【アメリカの軍隊】と言う世界についてだ。
軍には1万人以上のトランスジェンダーの人たちが所属し彼等の最大の雇用先と言われているらしい。
そしてセクシャリティと人種、人種と宗教と言う複合的なマイノリティとして描かれる新兵達への嫌がらせやいじめと言う視点も日本ではあまり感じない描写ではある。
 
この映画が描く時代1994年から2011年まで米軍には【DADT:Don’t Ask, Don’t Tell】政策が存在した。【軍に入る者には同性愛者かどうかを聞いてもいけないし言ってもいけない】というものだがそれ以前米軍ではゲイの入隊は禁じられていた。しかしクリントン政権がそれを撤廃し、代わりにこの政策が登場した。その後その政策もオバマ政権下で撤廃されるが今作は撤廃される6年前が舞台なのでラストに向けてこの【DADT】を踏まえた台詞が登場する辺りに米軍の性的マイノリティへの姿勢が感じられる。


そして『母と息子』と言うテーマも色濃く描かれる。
息子を愛しながらも同性愛を受け入れられない母親。

彼女の生活背景の描き方が自然且つ巧みなのだ。
先ずアメリカに於いて黒人であるという事、そしてかなり保守的なクリスチャンであり刑務官と言う堅く真面目な職に在る彼女。
 
強い差別の中で女性が一人で息子を育てる事が如何に大変か。
そんな彼女もやはり【精査】の目に晒される中、自分のアイデンティティを模索し続けていたのかもしれない。
 
母との関係を諦めない息子と愛しながら拒絶する母。
この関係を破綻とは言い切れないな。


タイトルの意味は【精査・検査】で“他者の目に晒されて・・・”の意味もあるだろうが、今作を観ていると彼の“存在しようとする姿”に人生の意義を精査するという意味が感じられた。
 
 
そして物語の行方は想像を裏切られる。
 
A24らしい良作。
 
これが監督自身の体験ベースなんて・・・
過酷過ぎるわ!
 
 
いつもの事だが・・・
 
せめて親は子の味方で居てくれよ!と思う次第だ。
 
 
 
 
 
でもこの物語には後日談があり、この監督の母親は(現実で)今作を製作中に亡くなるのだが監督が実家で遺品整理をしていると過去作を紹介した記事の切り抜きやネットの記事をプリントアウトしたもの、海兵隊時代の写真を見つけたそうだ。たった一人の息子の活躍が嬉しかったのは間違い無いのだろう。

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