見出し画像

『殺人の追憶』

原題「韓 살인의 추억/英 MEMORIES OF MURDER」


◆あらすじ◆
1986年10月23日、ソウル南部の農村で手足を縛られた若い女性の無惨な変死体が発見される。また数日後には、同様の手口で2人目の犠牲者が出た。さっそく地元の刑事パク・トゥマンら捜査班が出動。だが、懸命な捜査も空しく、一向に有力な手掛かりが掴めず、捜査陣は苛立ちを募らせる。その上パクと、ソウル市警から派遣されたソ・テユン刑事は性格も捜査手法もことごとく対称的で、2人はたびたび衝突してしまう。こうして捜査は行き詰まり、犠牲者だけが増えていく。そんな中、ついに一人の有力な容疑者が浮上してくるのだが…。




2003年作品をリバイバル上映鑑賞。
これはポン・ジュノ監督作品の中でも非常に評価が高かったので劇場で観たかった。
観て正解!かなりのめり込んで鑑賞。
実際の連続殺人事件を元に描いた作品だが情け容赦ないプロットにコミカル成分をたっぷりぶち込んでくる辺りがジュノ監督らしいところだよね。シリアス部とのバランスが絶妙。

ナイキ⇒ナイスとかね・・・。(見たらわかる系)


冒頭、稲穂が茂る美しい田園。
子供達が遊ぶ畦道・・・
この田舎の風景を見せ付ける様なスクリーン演出がラストに繋がるとはねぇ・・・。

80年代と言う時代背景が「コンプライアンスなんてクソくらえ」と言わんばかりに証拠捏造や冤罪を平気ででっちあげちゃう田舎警察の杜撰捜査に拍車をかける。
その結果全く解決の糸口がつかめないまま月日ばかりが過ぎようとしている。

この当時の韓国は、軍事政権による急速な経済発展が図られていたが政治的自由を求める民主化運動は厳しく弾圧され常に重い空気が漂っていた。民防衛隊による訓練の警報が昼夜問わず流され、その度に外出禁止、灯火管制が強いられていた。
そんな【灯りの消えた町】もこの事件の誘発要因だったのでは?と思わせる暗闇が、観ている側の恐怖も煽る。
そんな背景も垣間見られる細部に渡る演出も自然に脳裏に入って来て見事だったな。

余りに解決しない重大事件に業を煮やし応援志願で大都市ソウルから来たキム・サンギョン演じるソ刑事とソン・ガンホ演じる田舎刑事パク、二人の刑事の比較と変化も今作のテーマになってる。

常に冷静で都会派らしい自信満々に捜査を続けるソ・テユンだが目星がことごとくハズレ姿の見えない犯人に苛立ちを覚え始める。片や初めから真犯人などどうでも良くただただ検挙率を上げる為に観ていてかなり胸糞悪くなる捜査を続ける田舎のダサダサ刑事パク・トゥマンだが次第にこの二人の関係性が逆転する瞬間が訪れる。
人が見えない相手に翻弄され疲弊するとどうなるのか?何をしでかすのか?と言う過程の表現方法が興味深かった。
犯人に裏をかかれ、その欠片も掴めない都会の刑事が焦り【捏造】と言う軽蔑していた田舎刑事と同じ事をしようとするシーンは見応えあったな。その背景には正義感もあるだろう、残虐な連続殺人、女性ばかりを狙い無残な姿で置き去りにする・・・そんな犯人を赦せない気持ちと逮捕に導けないジレンマで精神が徐々に病んでいく。
田舎刑事の杜撰な捜査は或る意味デモンストレーションみたいな位置付けで、初めからそいつらを真犯人として挙げる事なんて眼中に無かったのでは?とまで思わせるシーンだと思った。
だが、パク刑事の杜撰に見える捜査もこんな片田舎のちょっとした暴力事件やヤンチャな若者のケチな犯罪くらいなら"自分の勘と足で捜査"出来るのだ。
そんな小さな犯罪ばかりを相手にして来た田舎の刑事にとってこの連続殺人は嘗て無い【闇と邪悪さを持つ事件】と化した。その闇の深さを知った時、パク刑事は変化する。

次にこの作品の特徴として暴力性が挙げられる。
地下のボイラー室での取り調べ、何人もの不当逮捕での拷問、捏造証拠での強制現場検証・・・

まぁ冒頭から暴力がスクリーン上に蔓延ってる。冗談じゃなくね。
正直バイオレンスが苦手な人はちょっとダメかもなって思うよ。
パク刑事のかなり危険な相棒が喧嘩っ早いのなんのって。あれは刑事と言う名のチンピラだよね。パク刑事もそれを黙認。
しかし目を見張るのは素晴らしい飛び蹴りの技!あれはお見事!!!と或る意味拍手ものだったな。あのワンシーンだけでもバイオレンス&アクション好きとしては納得の一作といっても良い(笑)
ただ、監督は彼の暴力性に制裁を加える。この辺の"飴と鞭"的演出は天才の域だなって思うんだよな。

劇中、様々な解決の糸口となるヒントが出て来るがよくもこれだけ考えたなと言うくらい次から次へとめくるめく状況変化が訪れる。
雨、赤い服、トイレの幽霊、工場、畦道、容疑者の自白内容、ラジオのリクエスト曲 etc・・・。
しかしそれだけヒントがありながら解決できない彼等の心理をあのトンネルが見事に表現してくれた。
お先真っ暗な深い闇。誤認逮捕寸前で免れた若者の姿がトンネルに吸い込まれフェイドアウトしていく様はまさに迷宮入りを示唆するメタファだった。

多くのヒントは伏線回収と言う要素も担ってるんだが、ソ刑事がトイレのお化け話で知り合う女子高生の伏線があまりにも非情で冒頭に記した容赦の無さの極め付けだった。
こういう非情さがアカデミーを手にした『パラサイト』に繋がってるんだなと感じる部分だね。

刑事作品には付き物だが「犯人は必ず現場に戻る」と言う言葉が今作にも登場する。
これもラストへの伏線で、結局未解決のまま捜査終了したその数年後の演出などラストにまで緊張感が漲ってた。(実際は2019年犯人逮捕らしい) 


それを踏まえてあのラストのワンカット!

事件から数年後、現場を通りかかったパク元刑事。
あの頃と変わらず稲穂が茂る田んぼ、解決出来なかった事件を思い出しあの水路を当時と同じ様に覗き込む。

そこに現れた少女の言葉に今の犯人像が浮かぶ。
普通に自分と同じ様に生活している真犯人。
野放しにしてしまった自分の責任。

あのラストカットは当時まだ逮捕されていない真犯人にだけ向けたものだったかもしれない。
もしかして劇場に普通に座りジュースを飲みこの実話に基づいた作品を眺めているかもしれない犯人に向けて・・・。
それくらいの想いを感じるラストカットだった。

いやぁ、ポン・ジュノ監督の才能開花を思わせる内容だったね。
決して気持ちの良い作品ではないが牽引力、吸引力が凄いわ。

パラサイトより好きかもな。
うん、好きだ。


2021/01/14


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?