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外の田村

外の田村

アマゾンとブックオフができて、また年を重ねて、めっきり古本巡りをすることがなくなった。

お茶の水あたりをうろつくと、お茶の水の楽器店街から坂をおりて右に曲がり、書泉ブックマート(古本ではないがマンガなど充実していた。あと、買ったときにもらえるやや強い素材のビニール手提げがよかった。あれはいったい何種類あったのか、買う値段によって微妙に素材とサイズが違う気がする。よく、バッグのなかに荷物が増えたときのサブとして入れておいた)から三省堂、そして古本の各店を流していき、岩波ホールから九段下の手前まで、日本特価書籍のゾッキをのぞいて、引き返して今度は水道橋の方へ、ビデオやレコードなどを流しながらまた岩波へと引き返し、次に逆サイドの図版の店などを攻めて、明治時代の版画などを安価に手に入れ、こんどはスポーツ店のサイドにある貸しCDなどを漁って向かいの画集屋をのぞいて千代田線の駅に行くという。たっぷり半日徒歩コースを土曜の度にやったものだった。

喫茶店などに入るならその分古本に回したくて、座る場所がなくて疲れた。古本の田村書店、ゾッキの日本特価書籍、漫画のコミック高岡、新刊の東京堂書店、書泉ははずせない。

食事はバンビで、プレートのご飯をよく大盛りにしてもらった。ここはたしか半ライスがおかわりできたが、面倒なので大盛りというと本当にてんこ盛りでご飯がよそわれてきた。

田村書店は外の平台と段ボールによく自分にとっての出物があって、小銭を用意してよく攻めた。平台は二段になっている。たいてい何人か人だかりがあるので、その人の後ろから表面の本の背表紙をのぞく。そしてその人がどいたら今度は自分が最前列に出て、一段目の本を持ち上げてゆく、そのとき、後ろの人にどういう本があるか見えるように、しかし、粗末に扱わないように工夫して見ていくのが通、と勝手に自分で思っていた。その場で立ち読みしたり、キープした本を平台に重ねるなど野暮天と。

ここは随筆、純文学、現代詩が充実していた。もう何年も行っていないがあの個性的なたぶんご主人はどうされているか(田村書店なので田村さんかと思っていたら全く違う名前で雑誌に載っているのを見たことがある)。また、あの主人から茶を振る舞われ談笑している人がたまにいたが、どのような手練れの人だったのか。

年末など、片づけでまとまって本を出す人がいるようで平台も段ボールも賑わっていたとを思い出す。ただ、雨の日は平台も段ボールも出ない。曇り空から雨が降り出す日にも何度か出くわした。そんなとき、背中を曲げた白髪交じりの灰色っぽい格好の男性が未練がましく平台に貼り付いているのを見たことがある。気持ちはよくわかる。

また、雨上がりにいつ平台が出るか、段ボールが出るか、何度も前を行き来したこともある。ついぞ出る気配がなく、外の人に聞くと「今日は無理ですね」といわれてがっくりした黄昏時もある。それが流儀だ。それが通じる魅力があの平台と段ボールには確かにあった。


(このなかのいくつかの店はなくなってしまいました。また、レジ袋有料化で袋ももらえなくなってしまったのかなと・・・ひきこもりなのでわかりません)

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