マガジンのカバー画像

短文

378
創作 随想 回想 コラム その他 短文を集めています
運営しているクリエイター

#創作

水車

水車 樹を渡すときに歌う歌を遠くに聞きながら、水車が回転するのを見て一日を過ごした。よく晴れて、日向では暖かいほどだったが、まだ、春先に咲く花のつぼみは堅く、憑き物の耳の皮も分厚かったが、弄んでも嫌がることなく、なすがままにされていた。次の日は水車の点検を眺めていた。流れている水に回転するものを止めるのはことのほか困難そうで、ただ、手を貸してほしいと言われるでもなく、憑き物の耳は昨日のいじり方のせいか腫れ上がってしまい、作業者たちはしきりにこちらを気にしながら作業していて、

居候

居候 居候も明日には終わる。中学の同級生の家に私、子二人、妻、老母、死んだ父、叔父で世話になり数日。別居の同級生が家主に呼び戻されたので、こちらはすぐさま叔父を呼んだのだ。何を対抗しているのか。居候の分際で。家主、つまり同級生の母親と生活の時間帯を完全に違え、極力顔を合わせないようにはしている。困ったときはお互い様だから、とか、遠慮はなしで、など扉の向こうで大声で呼びかけられるが、怒声に近く、死んだ父と叔父は向かい合わせにトランプに熱中するふりをしてやり過ごし、私の子二人は

黒体

黒体 黒体と薄々暴かれ、距離を置かれたとしても、こちらとしてはどうにも仕方のないことで、それはそれ、特に変わらず日常を送るほか有るまいと。生まれつきの黒体はいかに形を変えようともつきまとい、変化しない。しかし、存在の有り様というか、出てくる気というか、そのようなものに無頓着になる加齢変化などにより、はっと色を消すものなのかもしれないと言うわずかな望み程度は持ち続けても許されたしく。別に出そうとしているわけではなく、蛸のように吐き出すわけでもなく、場が黒く染まってしまったなら

返す

返す 返して、と言われても何も借りていない。それとも忘れているだけか。いや、確かあなたとは初対面、というより対面すらしていない。なのに何を返す。もし、返すとするならば、勝手に私に奪われたと思っているだけで、それは、おそらく、言葉だけで完結した世界のものだ。言葉で人から借りを作るとは、いったいどのような言葉を私は発したか。単語か、文節か、あるいはひとかたまりの文章でか。あなたは返せと言うだけで何を、の部分をはっきりとさせてくれない。暗号ならばまだ解ける気もするが、返せ、のただ

タイムストップ空間

調査する仕事をしている。 この家はいつ建てられたものですか。明治三十四年築。(出た 百年物) 庇組は材木の組み合わせ。実はなんていう作り方か知らない。組織系の いつもは別の仕事だから。田舎家は杉林の中、休日は庭の手入れで暮れていく。 …外構から見させていただきますね(二重敬語→業界語?) 基礎が石 その上に柱が乗って、明治家屋が組まれていた よくだいじょうぶでしたね 「ずれていないね 外壁の板も明治ですか 「まさか 何回か張り替えている  ですよね クライアントと打ち解けて

こちらになります

こちらになります 子供のにおいが嫌いな方 こちらです 子供の泣き声が我慢ならない方 こちらです 子供の言うことにいちいち腹が立つ方は こちらになります 老人がもたもたしているといらいらする方 こちらです 老人の昔話が聞きたくない方 こちらです 老人に年金を払うより、税金を減らしてほしい方は こちらになります 貧困は自己責任だという方 こちらです スーパーの見切り品しか買わない人を見下す方 こちらです 格差が広がってしかるべきとお考えの方は こちらになります 花を盗んだ

やましいなつ

やましいなつ 本当ならばいちめんに稲の揺れる田圃が広がっているはずなのに、黒い玉が水面にひしめいていた。風なく、波なく、無数の黒い玉は左右左したり下上下したり、まったく落ち着かない様子、それがここ見渡す限り。触れようとすると逃げ、去ろうとすると寄り、ぶつかる音がぽーんと響けばそのあたり喜ぶようにぴょこぴょこする。この平野にもまもなく秋。とんぼは今年も空に高く多分。何という夏だろう。首筋に梵字のタトゥーを入れていた。私には関係もないと。彼女は真っ黒なショートボブに削りかけのう