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返す

返す

返して、と言われても何も借りていない。それとも忘れているだけか。いや、確かあなたとは初対面、というより対面すらしていない。なのに何を返す。もし、返すとするならば、勝手に私に奪われたと思っているだけで、それは、おそらく、言葉だけで完結した世界のものだ。言葉で人から借りを作るとは、いったいどのような言葉を私は発したか。単語か、文節か、あるいはひとかたまりの文章でか。あなたは返せと言うだけで何を、の部分をはっきりとさせてくれない。暗号ならばまだ解ける気もするが、返せ、のただ、その一点張りで、こちらの想像を巡らせさせるだけ巡らさせて。そもそも何も知らないのだから返すとしても当てずっぽうに言葉を投げていくしか方法が無い。ならば、と、こちらも腹をくくって、とにかくいろいろな言葉を笹舟のように矢継ぎ早に流していこうか。それはあなたに返る言葉かもしれないし、別に返せなくてもいい、または、返してほしくなかった言葉になるのかもしれない。ただ、返して、という言葉がそうさせるのだ。だが、そもそも、それをあなたから、あるいは誰かから私は確かに聞いたのか。頭の中でだけのやりとりが漏れ出して勝手に返す言葉を探しているか。まあいいよ、返したくなくなった。

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