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タイムストップ空間

調査する仕事をしている。
この家はいつ建てられたものですか。明治三十四年築。(出た 百年物)
庇組は材木の組み合わせ。実はなんていう作り方か知らない。組織系の
いつもは別の仕事だから。田舎家は杉林の中、休日は庭の手入れで暮れていく。
…外構から見させていただきますね(二重敬語→業界語?)
基礎が石 その上に柱が乗って、明治家屋が組まれていた
よくだいじょうぶでしたね 「ずれていないね
外壁の板も明治ですか 「まさか 何回か張り替えている 
ですよね クライアントと打ち解けて
お袋の実家を思い出すなあ 「どこ 
茨城です 「茨城じゃ大きいね 
いえいえぜんぜん(これ事実)
引き戸の玄関の中は土間
こうなっていた なっていた
上がりかまちは腰掛けられるスペース 野良着のままお結びを食べられる
近所んてもくる 茶や揚げ餅が振舞われる 客が来る
真っ黒な板の間に寝そべると夏でも涼しい 猫が来る
うちのお袋の実家もこういうつくりだったなあ 家屋のぐるりを廊下が巡る
手前の座敷が十畳 奥の座敷が八畳 ふすまをあけると十八畳の組合寄り座
長押には古い写真 和装から洋装へと移っていく何枚もの先祖の肖像写真
神棚と仏壇 床の間は北の奥座敷にある 明り採りの
書院が西にしつらえられているこの当時はこれがスタンダードだったのか
すかしに鶴亀が飛んでいたりする
昔の職人さんは手筋がいいですね 「今じゃこんなしつらえは無理だよね
奥座敷の突き当たりは厠で 「でもうちはこの先に増築しているんだよね
漆喰塗りの廊下が斜めに延びている 震災で少しひび割れて下の竹組が見えていた 「ここでも戦後まもなくだからね 
少し坂になっていたその先は 東側に和ガラスの窓が一面にとられた
明るい十畳の座敷だった
ぽつんとトラムセットが組まれていた
グリーンのラメのカバリング(古いよ)が陽光にきらきらしている
ドラムですね 
「ドラムだね
と言いざま主が バスドラムのペダルを突然踏んだ どーんと
「おどろいた? 
すごく響きますね ドラム
音圧でガラスが軋み 桟の埃が少し舞った 塵が舞う光の透かしに
見渡すと壁面は作り付けの本棚となっていて仏教に関する本がたくさんあった また 澁澤龍彦や寺山修司が少しと 中国女(ゴダール)のポスターが貼ってあった 
ここは70年前後のタイムストップ座敷だな 
83年で止まった部屋
92年でとまった部屋など 
タイムストップ空間をこの震災でいくつも見ていた
このあとの流れと手続きについてご説明します
一番座敷で濃いカルピスをご馳走になっていた 
書類に項目を記入してもらっている間 所在を無くして
開いた戸板に 建て増しに建て増しで部屋が遠くまで伸びているのを見ていた
たたみの角が斜めにずっと阿弥陀模様を描いているのに気づいた 見事に
西日で畳が光っている大黒柱の影がだんだん広がり手前に長く
伸びてきている

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