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水車

水車


樹を渡すときに歌う歌を遠くに聞きながら、水車が回転するのを見て一日を過ごした。よく晴れて、日向では暖かいほどだったが、まだ、春先に咲く花のつぼみは堅く、憑き物の耳の皮も分厚かったが、弄んでも嫌がることなく、なすがままにされていた。次の日は水車の点検を眺めていた。流れている水に回転するものを止めるのはことのほか困難そうで、ただ、手を貸してほしいと言われるでもなく、憑き物の耳は昨日のいじり方のせいか腫れ上がってしまい、作業者たちはしきりにこちらを気にしながら作業していて、彼らが疑問や興味を持ってこちらを見るのがよくわかったが、やはり一番大切なのは作業で、その順位が繰り上がりそうになっているのを回る水車の流れの力で紛らわせ、耐えている、耐えなければ回転に巻き込まれるその焦りが見どころと私は憑き物と作業を執拗に見つめていた。また次の日には、遠くで樹の割れる音を聞いて、すぐそこまで迫っている何か、慣れ慣れしいような懐かしいような気味を感じながら、花のつぼみを手でほぐしては憑き物の口に入れてやった。匂いが強いせいなのか、水の中であぶくを吐き出すような声を上げる。私のほうがあげていた昨日は同じような声を夜中。


10月にまとめた「ドラムス少女」のなかの一篇です

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