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いのちが喜ぶ、「軽井沢禅的リトリート」参加者のご感想 VOL.2

第3回目の「軽井沢禅的リトリート 2023寒露霜降」(2023年10月20日~22日)にご参加いただいた“みーちゃん”に、プログラムの感想と、参加後ご自身に起こった変化についてお話を伺いました。

ーー保育士として活躍されていたみーちゃんは、お子さんの出産を機に退職され、今は二児の母として忙しい毎日を送っていらっしゃいます。
 お子さんやご家族との時間に幸せを感じながらも、どこか世の中から取り残されていくような焦りや不安を感じたり、ご自身の周りで起こる様々な困難をどうにか変えたいと思っていたそうですね。

 「『禅的リトリート』に参加した友人から、“何かすごいことが3日間で起きたらしい”と聞いて興味を持ちました。でも、これまで3日も家を空けたことなどなかったし、子どもの事も金銭的な事もあって当初は足踏みしていました。
 しかしそんなタイミングでいろんな出来事が重なって、“今、自分のために、ちゃんと時間とお金を使ってこれに参加した方がいい”と感じて申し込みました。
 すると、その前後くらいから、自分に向き合う機会がいくつも訪れて……。今思えば、決めたその時からすでに私のリトリートが始まっていたんだと思います。」

三日間、毎朝カードを引いてチェックイン。現れたカードの言葉に今の自分の思いを重ねて、みんなとシェアします。

音で埋めた日常。心地よい沈黙。

 「昨年は自分の身の回りに様々な出来事が起きて、その不安を埋めるかのように、常に家の中で“音”を流していました。家事をする時も、子どもとの時間も、音声コンテンツや音楽をかけて、常に自分に“情報を入れなきゃ”って思っていたんです。
 日々、自分がやりたいことをやらせてもらっているし、十分幸せではありました。でも、仕事をせず子ども中心にまわる生活の中で、そうでもしていないと、まるで自分が何もしていないかのような、自分がどこにいるのかわからなくなってしまうような……。つかみどころのない不安の中にいたんです。

 リトリートでは、軽井沢の森を歩きながらそんな自分を内観したり、自分の今の気持ちを言葉にして参加者とシェアし合う時間があるのですが、ある時、誰も何も喋らず長い沈黙が続いたことがありました。いつもならこういう状況に私は戸惑ってしまうのですが、この時、沈黙をみんなと一緒に味わいながら、“沈黙が怖くない”と初めて思えたんです。音のない世界というものに安心できたというか……。あれはとても不思議な感覚でしたし、リトリートを終えた今、家の中では音をかけずに生活をしています。」

忘れかけていたあの時、あの瞬間。

 「3日という長い間、子どもと完全に離れて過ごすことも、自分のためだけにこれだけのお金と時間を使うのも初めてだったので、本当に夢のような時間でした。リトリート中、自分の”過去”を振り返ったり、ここにいる皆さんとの繋がりの中にある自分の”今”をじっくり感じたり。自分というものを本当に大事にできた時間だったと思います。
 印象に残っているのは、私の小中高大の学生時代が突然蘇ってきたことです。学芸会や美術会で夢中になって作品をつくっていたあの時。これまでの人生の中で、心から楽しいと思って一生懸命取り組んできた日のこと、あの時の感覚。随分長いこと忘れていたんですが、あれは自分にとって、とても大事な営みだったんですね。そのことを思い出せたのがすごく大きくて、そして、嬉しかったです。」

ーー自分の奥深くを内観していくワークを通して、母でも妻でもなく、「私」を取り戻すことができたみーちゃん。それができたのは、一緒に過ごした仲間の力も大きかったと言います。

ある身体を使ったワークに驚きが隠せないみーちゃん(手前)

 「自分の内側に潜って奥底にある自分と出会っていくことは、私にとって怖いとは感じませんでした。浩志さん(小森谷)から「問い」が手渡され、各々自分の問いに向き合うのですが、皆さん、向き合い方も表現の仕方もさまざまで、自分一人で考える人もいれば、相手との対話で深める人もいる。言葉にして書く人、喋る人、音楽や絵で表現する人。
 そんな中でふと、アーティストと呼ばれる人たちの表現活動というのは、こういう自身の強く心に残る経験や心の内側から生まれてきているんだなと思いました。自分の心の中を見つめて、自分のしっくりきた表現方法で表しているんだと。
 一緒に参加した人のお話やワークに向き合う姿から、私は、一人一人がみんな本当に素敵だなと感じたし、たとえ同じ経験をしていなくとも、聞いているだけで、自分にとっての学びや気付きがありました。」

みんなとの繋がりの中で

 「リトリートの中で一番嬉しかったのは、参加者のうちのお一人をみんなで助けたことです。その方が自分の大きな課題に向き合った後、毛布の上へ横たわった彼女の身体に、参加した女性たちみんなでそっと両方の掌を当てました。あの時の一体感。手を載せない男性も一緒に、みんなから送られる彼女への優しい気持ち。彼女が真剣に自分自身へ向き合ったように、皆も同じ真剣さで彼女に応えていました。
 あの瞬間私は、“ああ、生きてる” “自分は一人じゃないんだ”と、感じていました。

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 それと同時に、手のパワーってやっぱりあるんだ、ということも思い出しました。実は昔から“手には不思議な力がある”って感じていたんです。
 お手当てって本当にあって、誰に習ったわけでもなく、保育園に勤めていた時もよくやっていました。泣きじゃくる子どもの身体に思いを込めて掌を当てると、心や呼吸がだんだん落ち着いていったり、気持ちが切り替わって、再び遊びにいく姿を何度も見てきました。手の温もりって本当に大切なことだったな、と。」

ーー禅的リトリートは、新しいことを学ぶというよりも、すでに自分の中にある、自分を育て守っていたものにもう一度触れ合い、出会い直す時間。みーちゃんはリトリート中、そんな懐かしさみたいなものを感じていたのでしょうか?

 「あ、これこれ! って思い出す感じです。
 私はどうしても周りを気にして合わせてしまうところがあって、こうした自分の感覚に気付きながらも、勝手に自分の中にしまい込んでいたことに気づきました。みんなと私は違うのかもしれない。だから手の力のことを人には言わないし、言えない。ずっとそう思ってきたんです。
 いろんな知識が増えることは素敵なことだけど、知識が増えるにつれ、私が大事にできるもの、本当に大事にしてきたものがわからなくなってしまっていました。
 リトリートは、それを思い出させてもらった感じがします。“どんな私でも、そのままで大丈夫だよ”って。あの空間で出会った皆さんとの時間は、“自分の全てが肯定される感覚”の中にありました。

取り戻した自分、本当の旅。

ーー3日間様々な体験をしていく中で、本来自分の中にあったもの、自分が心を躍らせていたものに出会い直し、自分のあるがままを取り戻したみーちゃん。プログラムを終えて帰宅した時、ご家族はみーちゃんの変化を敏感に感じ取っていたようです。

「浩志さんが書かれた著書『禅的マネジメント』の中で紹介されている言葉、『十牛図(じゅうぎゅうず)』の話の中で、今リトリートの時間を振り返って読んでみると、スッと心の中に入ってくる言葉があります。

「真の発見の旅とは、新しい景色を探すことではない。新しい目で見ることなのだ。」
"The real voyage of discovery consists not in seeking new landscapes, but in having new eyes."

20世紀を代表するフランス作家マルセル・プルーストの言葉。

 「リトリートに参加して実際に外見上変わったことはありませんが、纏ってるものが違うのか、周りの人の受け取り方が違ったり、自分が今まで見ていた世界の見え方が違うのを感じました。
 これまでは、なにかと他者の目が気になって、しがらみのようなものを感じていました。それが、“私がここで心地よくいられることで、周りの人も心地よさを感じてもらえたらいいな”という風に変わっていったんです。」

「纏っている何か」のイメージは、「蝋燭の炎の周りの光」の様、と答えてくれたみーちゃん。太陽のような眩しさはなくとも、柔らかい優しい光で包み込む。そんな何かを纏ってリトリートから帰ってきました。

ーーモヤモヤとした心の霧が少し晴れたのは、新しい何かを得たからではなく、もうすでに自分の中にあったにもかかわらず忘れていたものを見つけられたからなんですね。

数年後の自分へ『ヒロイン・インタビュー』

 「私にとって、この3日間のプログラムは、その空間で起こっていることにどっぷりとはまり、ひたり、自分を見つめ直すとても大切な時間でした。その中で、自分は人の役に立ちたい、人の手助けをするような人間になりたいんだと、改めて気付くことができたのです。保育士の道を選んだのも、そういう気持ちがあったからこそで、長らくそのことを忘れていました。自分で言うのもおこがましいのですが……自分って心根の優しい人で(笑)。傷ついている人や弱っている人に寄り添いたいと思うし、寄り添っていけるような人であれたらいいなと思っています。

 先日、ある講座で『数年後の自分へヒーロー(ヒロイン)インタビュー』というワークをしました。その時、真っ先に思い浮かんだのが、今度は『禅的リトリート』にサポートする側として立って、輝いている自分の姿だったんです。
想像するだけで、とてもワクワク、ウキウキした気持ちになりました!」

ーーみーちゃんがこれまで紡いできたタペストリーに、新しい糸が織られていき、それはやがて、壮大で美しいみーちゃんだけのアートになっていく。そして、それを見た人は優しく穏やかな気持ちになったり、癒されたりするのではないでしょうか。
 何年か後に、みーちゃんが私たちの一員としてこのプログラムをサポートしながらキラキラと自分らしく輝く姿が見えるような気がします。
みーちゃん、待っていますね。

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