南ウェールズ想ひ出紀行「Nさんとニールジェンキンスさん」
2000年9月、アイルランドと南ウェールズを旅した。最初ダブリンに行き、それからドニゴールで数日過ごした。その後、列車・バス・貸自転車を利用してアイルランドの幾つかの街、村、荒地を巡った。ドニゴールの想ひ出につきまして、こちらをご覧下さい。
1週間ほどアイルランドに滞在した。アイルランド旅の最後はアイルランド南東の港町ロスレアに泊まり、翌日、ロスレア港からフェリーで海峡を渡って、ウェールズ南西の漁村フィッシュガードに辿り着いた。3時間半ほどの船旅であった。アイルランド旅を終え、南ウェールズ旅がここから始まる。
フィッシュガード。漁村らしい素敵なネーミングだ。新鮮な魚が街中をザワザワ歩き回る。当然、海産物が名物であろう。長寿番組「世界の車窓から」で紹介されていた村で、いつか行ってみたいと夢想していた。それが叶った。南ウェールズ旅の初日は村を散策し、夜食にフィッシュ&チップスを食べ、B&Bでぐっすり寝た。鱈の夢を見た。
翌日、フィッシュガードからウェールズの首都カーディフまで列車で向かうこととした。カーディフを拠点として5日間ほど南ウェールズを旅したい。巨大なマグロが入りそうなバックパックを背負ってB&Bを発ち、フィッシュガード・ハーバー駅へ向かった。駅に着き構内を歩いていると、尿意がやって来たヤァ!ヤァ!ヤァ!。
巨大なマグロが入りそうなバックパックを背負ったまま排尿するのは難儀だ。左手にはギタレレもある。どうしようか。おっ、駅のベンチに腰掛けて「地球の歩き方」を読んでいるバックパッカーがいるぞ。日本人だな。信頼がおけるであろう。よし、用を足す間、荷物を預かってもらおう。
「突然すみません。トイレに行きたいので、巨大なマグロが入りそうなバックパックとギタレレを見ててもらえませんか。」
「はい、いいですよ。」
「ありがとうございます。」
1週間ぶりの日本語での会話だ。その方はNさん、シンガポールで仕事をしている女性であった。彼女はどことなくマーライオンに似ているような気はしなかった。
カーディフ中央駅までのおよそ2時間半、列車のボックスシートにNさんと向かい合って座り、会話を楽しんだ。その日の夜、カーディフでの食事もご一緒し語り合った。私が興味を抱いた話は、海外移住にまつわる彼女の体験談であった。それは私の悶々とした思念をすっきりとさせてくれた。
当時、冴えない生活をしていた私は、酔った鯖のような顔をして活路を探し求めていた。海外旅行は好きだが海外移住なんぞできるわけないと思い込んでいたが、Nさんの体験談は海外移住のハードルをグッと下げ、活路を与えてくれたように感じた。この日から私は海外移住を想定し始めた。
カーディフはラグビータウンだ。ラグビー観戦が趣味の私にとって居心地がよい雰囲気が漂う。当時開場したての巨大なミレニアムスタジアム、その隣にはカーディフRFC(Rugby Football Club)のホームスタジアムがある。カーディフRFCの予定をチェックするに、近々試合が組まれている。よし、試合当日、全裸で伺いましょう。
国立博物館やカーディフ城、ポントスティキス湖などの南ウェールズ観光をする中、いよいよラグビー観戦日がやって来た。確かカーディフ対スウォンジーであったと思う。グラウンドがかなり近く、ど迫力のプレーが見やすい。試合の内容はあまり覚えていないが、カーディフが勝ったことは明確に覚えている。
試合後、クラブハウスのパブに大勢のカーディフサポーターと共に雪崩れ込み、エールを呑んでフラフラしていると、なんと、カーディフRFC所属でウェールズ代表の名選手ニール=ジェンキンスさんがいるではないか。
「一緒に写真を撮って下さい。」
「いいですよ。」
「ありがとうございます。」
ジェンキンスさんは試合後で疲れているはずだが、しっかりとファンサービスをしてくれた。私にとって著名人とのツーショットは、後にも先にもこのときだけだ。
「ジェンキンスさん、ウェールズの独立について、いかがお考えですか。どこまで自治権を認めるべきでしょうか。好きな魚は。」
私は矢継ぎ早に質問を脳内でした。
ツーショットの翌日。ラグビー観戦をしたら、岳人としての血がざわついた。ブレコン・ビーコンズ(バンナイ・ブラヘイニョグ)国立公園に行って山歩きをするか。先ずは、カーディフからバスで北上していく。途中ジェンキンスさんの故郷を通り抜け、ハイキングコースの入り口でバスを降りた。そして、目の前にそびえる山の頂までアプローチをしていった。
国立公園の山々を尾根伝いに4時間ほど歩いた。ハイキングコースは丁寧に整地されていて、非常に歩きやすい。山木がなく草本の緑が山々を覆っていて明媚だ。標高はこの公園の最高地点でも800m台と高くはないが、眺望が極めて良い。道中、放牧されている羊と意思の疎通を図る必要はある。君がメ〜と鳴くならば、私もメ〜と答えるさ。
山歩きの翌日、列車でロンドンに向かった。ロンドン発成田行きの捕鯨船ヴァージン・アトランティック号の搭乗に備え、ロンドンで前泊するためだ。2週間ほどのアイルランド・南ウェールズ旅が終わった。旅の終焉、甘酸っぱい青春汁が分泌し、帰国が面倒臭い病を発症した。
ロンドンでは安くて綺麗なB&Bに泊まることとした。
「あなた、イギリスのどこを旅してきたの。」
チェックインの際、優しいマスオさんという感じの女性オーナーに尋ねられた。
「数日間、カーディフにいました。」
「あら。私の娘はカーディフ大学の学生なの。ここは娘の部屋よ。大学が長期休暇のときに帰ってくるのよ。」
「くぅ〜。カーディフ大学ですか。素晴らしい。娘さんと結婚をさせて下さい。」
娘さんの部屋は私が泊まる部屋のすぐ近くであった。
チェックイン後エールをしこたま呑み、夜中、酔った鯵のような顔で、どんな部屋かなぁと娘さんの部屋のドアを開けようとしてしまった。当然にドアノブは回らない。鍵掛け良好。悪行、住居侵入未遂罪だ。翌朝、酔いの覚めた頭で自己嫌悪、反省をした。あのときはすみませんでした、マスオさん。
さて、Nさんについて。もっと語りたいことがあるが、迷惑をかけるかもしれないので止めておく。一言。後にシンガポールから他国に転職した彼女の行動力は感嘆すべきものだ。私に活路を与えてくれたことを改めて感謝したい。
ちなみに、ジェンキンスさんは現在ウェールズ代表のアシスタントコーチだ。次回のラグビーワールドカップで初優勝を目指してがんばれよ〜。メ〜。
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2024年1月 全裸紳士
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