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【火の鳥乱世編】手塚版「平家物語」権力者が望む不死への執着!諸行無常は火の鳥のテーマそのものである。



今回は「火の鳥 乱世編」お届けいたします。

乱世編と言えば火の鳥の中でも長編の部類に入り
上下巻の2冊構成になっております。
舞台はあの平家物語、平清盛、源義経で有名なあの平家物語を軸に
ストーリーが展開していき
火の鳥を巡り手塚治虫の創作が入り混じった
ドラマティックな人間模様が描かれていく
まさに手塚版平家物語といった内容になっております。

実は火の鳥と「平家物語」とは非常に愛称の良い共通点があり
まさに火の鳥の題材としては打ってつけの物語なんですね。

今回は「平家物語」と「火の鳥」の関連性を中心に
「火の鳥乱世編」の魅力を語っていきますので
ぜひ最後までお付き合いください。


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本作は冒頭でも述べましたが「平家物語」を舞台とした平安時代末期の源平争乱が舞台の火の鳥です。

大筋のストーリーとしては平家物語のあらすじをなぞりながら
伝説の火焔鳥という中国伝来の鳥を追い求める人間群像劇になっておりまして火の鳥シリーズで唯一この「乱世編」だけが
火の鳥を火焔鳥として描かれているのが特徴です。

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そして
平氏と源氏との戦いがベースになっているので実在する人物が多く登場するのも特徴で平清盛、源義経、木曽義仲など学校の歴史の授業で習った日本史の有名な人物たちと手塚先生の創作を折り込んだ歴史パロディ作になっております

史実にアレンジを加える事は手塚先生の十八番ですね。

ヒトラーやベードーベンにショパン、新選組など数多くの史実ものを描いていますし火の鳥でいえば「黎明編」も日本神話を元に構成されております。


手塚先生って史実と創作が絶妙なバランスで配合されているので
どこに史実が挟まっているのかを見てみるのも面白いと思います。


本編でいえば「平家の悪行の極み」と評された
あの清盛の乱心、福原遷都を火の鳥の存在と絡ませてみたり
清盛が高熱でうなされるところ、これも実際に史実にあったそうですね。

作中で清盛が中国の商人から入手した火焔鳥の件
これも実際、本当に当時中国の宋の時代に孔雀が皇帝に献上された記録が残っています。

「平家物語」のクライマックス壇ノ浦の戦いはもちろん
弁慶の五条大橋での刀狩り、
木曽義仲が泥沼にはまって弓矢で戦死するところなど
さりげない史実との絡みは随所に散りばめられていますので
ぜひその辺をチェックしてみると面白いかと思います。

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ちなみに
戦いに敗れた木曽義仲に火焔鳥確保の報告を告げる手塚太郎光盛という武士が出てくるんですが
顔は手塚先生そのまんまで描かれております。
名前が「手塚」だからかな?
と思っていると実はご先祖さんなんですね。

「陽だまりの樹」のひいじいちゃん良仙からずっと遡って
手塚家のご先祖は平安時代の手塚光盛らしいです。
さりげなく登場させるあたり非常ににくい演出ですよね

さて本作あらすじは
平清盛が不死の象徴とされる火焔鳥の生き血を追い求める願望を中心に
壇ノ浦で平家滅亡、そして頼朝に逆族の扱いを受け、
都から逃れた義経の最後までを描いております

物語は弁太という若者と絶世の美女おぶうという二人の創作キャラクターを据え進んでいきます。

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ただただ平凡に愛し合って暮らしていきたいだけの純粋な2人
その時の権力者たちの闘争劇に否応なく巻き込まれていきます。

美しいがゆえに絶対権力者の平清盛のお側女なってしまう「おぶう」
それを取り返そうと追いかける弁太
奇しくも弁太は反対勢力である源側についてしまうという運命…。

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源氏と平家に分かれ離れ離れの交錯する想い…。
政治と権力によって翻弄された2人の純朴な愛情は
最後には敵同士になって相まみえてしまう悲劇。

超絶に切ないラブストーリーへと展開していく
非常に読み応えのある作品であります。


本作の主人公はと言えば弁太なんでしょうけど
実際主人公が誰とかいう感じでもなく
どちらかと言えば弁太は狂言回し役というのが正しい見方でしょうね。


清盛も主人公と言えるし、義経も主人公的です。
いづれの登場人物も長所も短所もある人物像として描かれていますし
登場人物一人にスポットを充てていくのではなく物語が主体となり
この乱世時代の人間群像劇がメインになっていると言えるでしょう。

この乱世編って実は思っている以上に賛否分かれる作品で
読者の捉え方も人によって大きく異なっています。

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面白い、面白くないという意見はもちろん
胸糞悪い、後味最高とか一つの作品でここまで見解の振り幅が大きいのも珍しいことだと思います。
これはひとえに平家物語、史実をベースにしているからだと思います。
史実ベースにするとどうしても思い入れや贔屓の人物がいるので先入観を持ってしまいますからね

日本人に人気のある義経に至っては本作では
憎しみに生きた残虐非道の武士として描かれています。
最後には弁太の許嫁である、おぶうを手にかけてしまいますからね。

義経ファンからすると「こんなの違う」ってなると思います。

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「平氏にあらずんば人にあらず」という言葉でも有名な
平清盛に関しては、敵対するものを排除して
のし上がったような非道なイメージがあり「悪人=平清盛」という印象を持っている方も多いのではないでしょうか。

しかし本作では案外穏やかで人間味溢れた権力者として描かれています。

実際もイメージと違ってかなり温厚で情深い人物だったとも言われており
平家が滅びたのも、頼朝を処刑せずに流罪にした清盛の優しさが原因なんじゃないかとも囁かれておりまして一般的なイメージとは違う人物像が浮かび上がります。

そんな優しさや人間味溢れたところにあのおぶうも惹かれて
清盛を支え続けていくわけですからまんざら
これは創作という事でもない気もします。

そもそも歴史とは敗者の歴史は書き換えられるものですからね。
本当のことは分かりません。

手塚先生自身も
「歴史とはすべてが真実とは限らないかような発想があってもいいのでは」と言っておられますし…



さて本作のみどころをいくつかご紹介しておきましょう。

まず
鞍馬山にいる神様と呼ばれておりテングという老人
これは鳳凰編に登場する我王であります。


てんとう虫を踏まず
茜丸という仏師の事を語るシーンは興奮ちょちょぎれシーンですね。
吉備真備などの権力闘争も観てきたことも語り
鳳凰編の時代から逆算すると我王は400歳くらい
死に際に弁太らに諭すシーンは鳳凰編のラストシーンを彷彿とさせる名シーンになっており必見です。

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あとは電話が良く登場します(笑)
平安時代に電話ですよ電話
頼朝がなにやら裏で暗躍しているシーンに電話が頻繁に使われるんですが
これが不思議と手塚作品には不自然さを感じさせないんですよね。
こういった時代背景を飛び越えたシーンは手塚作品によく出てくるのも特徴ですね

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あとは
火焔鳥を追い求める権力者の欲望ですね
火焔鳥、火焔鳥といって騒ぎ立てているんですが…
実はこれただのクジャクなのです。
おぶうだけはその真実に気づいているんですけど
権力者たちにはその真実が見えない。

ありえない存在に対しそれが人生の生き甲斐になっている権力者たちの業欲が見事なまでに描かれています。

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平家物語の冒頭である
「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」を表す
栄華を誇った平家の衰退と滅亡、永遠に続くものはないという
儚さを感じさせてくれる描写です。

力を求めたものが次に求めるものは「現状を維持したい」と願う欲望です
それこそが不死への執着であり火の鳥に登場する権力者たちの願望です。

しかしながら往々にして
現状を維持したいと願えば願うほど破滅に向かうという皮肉。

これぞすべてのものは無常なんだという儚さですよね。

「諸行無常」とは、もともと仏教の言葉です。
誰もが久しからず等しく死が訪れます
だから死を恐れるのではなく「死を受け入れる」
故に「一期一会」という生き方こそが本当の幸せに繋がるという仏教思想なのですがこのテーマは火の鳥シリーズに一貫して流れているテーマです。

「黎明編」のニニギや、ヤマト編の「オグナ」なんかは
不死には興味を示さず己の信念を貫いていきました。

この「乱世編」でもそのテーマが色濃く反映されている作品にも関わらず
火の鳥が全く出てこず火焔鳥として描かれているのは平家物語そのものが

「諸行無常」

「命あるものは必ず死ぬ、故にその命を何に使うのが正しいのか」
というテーマ性を持った
まさに火の鳥のような作品だからこそ手塚先生は火の鳥そのものを登場させないようにしたのではないかと思います。


「生命」とはを語る火の鳥には「平家物語」は
まさにドンピシャの題材であると言えましょう。


そして因果応報
先ほども申し上げましたが平家物語の根底にあるのは仏教思想。
即ちこれは因果応報と言う考え方に繋がります。

作中に猿の赤兵衛と犬の白兵衛という小話があって
我王であるテングがその話を語ってくれるシーンがあります。

猿と犬、
当初は上手くいっていた二匹は、時が経つにつれその想いとは裏腹に
群れ同士の派遣争いが起き争いが生じていくというお話

これは赤が平清盛、白が源義経を表していて
二人は争う運命にあると語るわけです。

我王改めテングは
「深い宿命にしばられておる、輪廻転生の宿命」
といっており
それがどういうことなのかその答えを示してくれませんが
作中のラストにはその結末がしっかりと描かれています。


実は清盛と義経は死後の世界で火の鳥から
「あんたらは何度生まれ変わっても敵同士で殺しあう」
「何度でも永久に!」
にと告げられています。

「そんなの面白くねぇよ」「なんでだよ」と義経が火の鳥に口答えすると

「権力が欲しいために!」と一喝され
また次の転生世界に飛ばされてしまうんですね。

欲望に溺れたままでは
いつまでたっても同じ事の繰り返しだぞということを
死後の世界ですでに火の鳥から忠告されていた訳ですね

あれ?
死んだあとになんで争うことが分かっていた?
後付けじゃないの?
と思うかもしれませんが
これが因果応報なんです。

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その証拠として
作中で清盛も義経も生存している時にすでにテングの鞍馬山には
二匹の墓が存在しています。
これはつまり輪廻転生、因果応報には時間の概念が存在せず時空を超えた
運命を背負っていることを表しています。

己の欲望のために生き、殺し合いを続ける限り虚しい運命をたどる
心を改めない限りは転生しても何度も同じことを繰り返し続ける
故に懸命に生きなさい
という火の鳥のメッセージになっているわけですね。


清盛と義経が飛ばされる前に火の鳥は
「精一杯お生き!」と言ってぶっ飛ばしてますから
「その命を何に使うのが正しいのか」
をよく考えなさいと言ってるんだと思います。


いや~面白いですね。
火の鳥と「平家物語」の見事なマッチング
手塚治虫という作家の懐の深さといいますか凄まじいキレ味だと思います。
まだまだ細かく彫り上げるところ沢山あるんですけど
とりあず今回ご紹介したところを最低限押さえておけばこの「乱世編」を
面白く読めると思いますので
ぜひお手に取ってご自身の目で確かめてみてください。


最後に、実はこの「乱世編」
別バージョンが存在するのですがその件について
サラリとだけお話しておきましょう。

一番最初に描かれた乱世編は1973年に雑誌COMで連載開始しますが
第一回目を掲載した直後に
雑誌が「COMコミックス」と名前を変えリニューアルされたのちに
休刊となります。
そのあと雑誌COMが復活しますが、その直前に虫プロが倒産してしまい結局原稿がお蔵入りになってしまいます。
第2回分の原稿を進めていたのですが発表する場所を失い
結局こちらもお蔵入りに…。

現在単行本版に掲載されている乱世編、今回ご紹介した「乱世編」は
新たに「マンガ少年」という雑誌で連載再開した作品のものであります。

この1973年第一話のみ掲載された幻の1話は
火の鳥別巻14巻に掲載されておりますのでチェックしてみてください


下書きやペン入れされた途中原稿がそのまま掲載されているので
非常に貴重な一篇となっております
内容も単行本版とは大きく異なっておりまして
弁太とおぶうは兄妹の設定になっています。
兄弟なんですけどちょっといけない描写が描かれております(笑)
これは兄妹ではない設定に変えて正解ですね。


あとは単行本版では
死んだ平清盛と源義経がボス猿と犬に転生したシーンが追加されているので
オリジナル版では見ることができません。
これが無い方がいいという声もありますが因果応報を描く上でやはり手塚先生は付け足したかったのでしょう。

義経の死ぬところもマンガ少年版では相手の弓矢で絶命していますが
単行本版では弁太に丸太みたいなもので顔面を潰されて絶命するという風に改編されています。

ボクは読んでないのですが
角川版では相手の弓矢で死ぬシーンそのままになっているようですね。
そして転生シーンもカットされているみたいで
まぁ相変わらず修正の嵐でいろんなバージョンが存在してしまった火の鳥であることには間違いありません。
こちらの完全版では修正なしのフルバーションで見ることが可能です。


値段もそれなりに高いのでオススメは講談社漫画全集かアサヒソノラマ版をおすすめします。
そして貴重な資料的な役割もあるのでぜひ火の鳥別巻14巻で
幻の火の鳥もご覧になってみてください。

前作望郷編からの繋がりも確認しておくとより楽しめますので
こちらもどうぞ。
そして火の鳥の全体像もこちらでご確認ください。



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