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手塚治虫の性教育マンガ「やけっぱちのマリア」後編

今回は「やけっぱちのマリア」後編をお届けいたします。
世間が過激な性描写に進みそれを憂いた手塚先生が叩き込んだ三本の
「性教育マンガ」
そのうちの一本がこの「やけっぱちのマリア」であります。
前編ではその誕生の秘密と
医学博士を持つ手塚治虫がどのような性描写を描いてきたのかを
解説しておりますのでぜひ前編をご覧になってから本編をご覧ください。

それでは後編行ってみましょう。



性教育って子供たちにとって、いやらしい、恥ずかしい、ってイメージがありますけど子供たちが異性に興味を持つのは当然の成り行きであり、
不自然に押さえつけるのではなく
子供たちの疑問にきちんと向き合って表現活動していたのは
漫画家でもあり医学博士でもあった手塚先生ならではのスタイルと言えます。

実際、この時代には性に関する情報ってあまりなかったので性に関して偏った知識が間違った形で覚えてしまうことも珍しくありませんでした。
人間の自然な形での性行為、それらは決してタブーではないんだぞということをマンガを通して伝えたかった手塚先生でありますが
それらが世間の大人たちにとっては眉をひそめる「有害な図書」として認識されてしまうんですね。

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振り返るといつの時代も「公序良俗に反する」という謳い文句は
後にほぼほぼスタンダードな文化になっているというのは皮肉なものです。

マンガ、ゲーム、インターネット、SNS、
時代を象徴するような一大産業を大人たちはすべて否定してきました。
「性教育」然り言い換えれば、まともにこれらに向き合ってこなかったPTAや教育委員会の方が罪深いと言えます。

読めば分かりますが手塚マンガは決してイタズラに過激な描写をせず
単なるエロとは一線を画すマンガ表現になっているのは誰の目に見ても明らかです…。

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それでも世間の手塚マンガへの風当たりは決して優しいものではありませんでした。特に教育委員会には(笑)
過剰な描写については規制をするべきだとは思いますが
常にこの手の標的になっていたのが手塚治虫という作家なのであります。
もうそれこそ目の敵にされていましたからね。


遡ること…1949年、手塚先生は「拳銃天使」という西部劇で日本初のマンガキスシーンを描きPTAが怒鳴りつけてきたり
1956年「複眼魔人」でズボンを脱いだ太ももが不埒。低俗として難癖をつけられています。
さらに
この時期には焚書運動といって手塚作品が学校の校庭で燃やされるという事件も起きています。


このようにハレンチマンガの歴史は手塚治虫の歴史と言っても過言ではないくらい有害図書と手塚治虫は切っても切れない関係にありました。

「子供たちに健全な性教育を」との元に描かれた「やけっぱちのマリア」でしたがこの作品ももれなく有害図書指定になってしまいました。
その経緯につきましてはぜひ前編をご覧になってください。


さて…最後にちょっと補足になるんですがこの1970年は一般的に
手塚治虫のスランプ期と言われていた時代です。
ですがめちゃくちゃ面白い作品を多数残してもいるんです。
…といっても精神的に少し病んでいた時期でもあるので作品はダークで
俗に言う「黒手塚」と呼ばれる陰惨でクソダーク作品も乱発しておりますが、その同時期に今回ご紹介した「性教育マンガ」を3本も描いていたんだぞという事を今回は知っていただきたいので
執筆された時代背景をなぞりながら楽しんでいただけたらと思います。


まず
1970年時点で連載中なのが「海のトリトン」「冒険ルビ」そして「火の鳥鳳凰編」「IL」でした。
少年誌、幼年誌に連載していたものが徐々に青年誌へと移行していく年になりますその背景にはやはり経営難によるビジネス面でのトラブルにより
精神が病みその影響が大きく作品に反映されていきます。

1月に
「聖女懐妊」「ガラスの城の記録」連載開始、
どちらも猛烈なまさに闇を抱えた手塚節が炸裂した傑作が登場


2月 
誰も信じられないニセモノの世界を描いた短編「赤の他人」

3月 
こちらも誰が本当の事を言っているのか分からない変態サスペンス短編
「ロバンナよ」執筆
この辺りの世の中何も信じられない状況を表すような価値観がひっくり返る描写はまさに当時の心境を表したものと言えます。


そしてここで
4月15日「やけっぱちのマリア」
4月26日「アポロの歌」の連載を開始するわけであります。
ここからがエグいんですが
同月4月「きりひと讃歌」「時計仕掛けのりんご」「アバンチュール21」の連載を開始しております。
「性教育」の裏で医学会の闇を切り裂いた超問題作を描いていますから悶絶級にぶっとんだ作家です


続いて
5月
「人間昆虫記」連載ですよ。
目的のためなら誰とでも寝る大人の女性を主人公に据えて虚構の経済成長に警鐘を叩きつけた社会派作品
完全にこれまでの手塚治虫像をぶっ壊しにかかってますよね。
ここら辺から気持ちいいくらいダークになっていきます。

そして
7月
「アトムの最後」執筆
明らかにこの時点で浮いているアトムを執筆。悶々とした手塚先生の想いが
ついには「アトム」にまで飛び火して凄まじいアトムの最後がここでは描かれています。


続いて
9月「ボンバ」連載。
まさにこの時期を象徴するようなスリラーマンガがここで登場。
「デスノート」「魔太郎が来る」みたいな
憎しみを暴発させるマンガを少年誌で描いているんですがこれがダークで面白い。
この作品の紹介は近いうちに取り上げますので暫しお待ちください。

続く
10月 
火の鳥「復活編」開始。ここまで陰鬱なものが連発してきた中で
火の鳥の最高傑作とも呼び声高い「復活編」をここで執筆開始しております。冒頭の無機物に見えちゃう描写なんかはもしかしたらこの時期の手塚先生の鬱体験が元ネタになっているかもしれませんね。


ちなみに前作はあの「鳳凰編」を連載していました。
「火の鳥」のバイオリズムの中でも宇宙編、鳳凰編、復活編と続くこの一連の連作はまさに鳥肌もんですよ、マジで。
これがドスランプに描かれたものだなんて本当に信じられません。

続いて
12月「アラバスター」
手塚先生本人も「見たくない」と言わしめたダークホラーの傑作をここで開始。美しいものを次々と破壊していくイカれたマンガですけど
「ふしぎなメルモ」とどうやって同時連載していたのか本当に謎です。
完全に正気でないド変態の所業です(笑)


どうでしょうか。この1年の連載群を見てみると追い詰められ、もがき苦しんでいた中でその精神性が作品に反映されたものも多いですが手塚治虫最高傑作との呼び声高い「火の鳥鳳凰編」と「復活編」も描いており
この状況で今回ご紹介した「やけっぱち」含む「性教育マンガ」3本も執筆しているなんてめちゃくちゃ恐ろしくないですか?ハンパじゃないです。
もう考えられないです。

歴史的に見て「手塚はスランプ」だったなんて一言で片づけられますけど
普通の作家なら絶頂期と言っても問題ないバイタリティです


凄まじい勢いで激変するマンガ業界の中で自ら進むべき道を
あがきながら貫き続けたマンガへの情熱。

その中にあってこれまでマンガ界を引っ張ってきた自負と移り行く世間との乖離を感じそこに溜まりに溜まった創作への
フラストレーションがぶちまけられた
文字通り「やけっぱち」になって描かれた本作「やけっぱちのマリア」

今でこそ教育の現場にたくさんのマンガが取り入れられ子供たちの教育の一助になっておりますが今から50年以上も前に、
世間からボコボコに叩かれた手塚治虫の「性教育」マンガ、
「やけっぱちのマリア」「アポロの歌」そしてアニメ「ふしぎなメルモ」
ぜひ一度手に取って読んでみて欲しいと思います。


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