見出し画像

この世はすべてニセモノだったら…?

今回は「ある日突然…?」をテーマにした
手塚治虫の短編をお送りいたします。

この世界がニセモノだったら…?
平凡な日常がある日突然…

…というような
もしかしたら本当にあるのかもしれないと思ってしまう
不思議な世界観を描いた短編
ストーリーテラー手塚治虫の真骨頂が炸裂した
傑作短編を3つご紹介いたします。

夢と希望を躊躇なく破壊する
このダークかつシニカルな手塚治虫の側面を知らずして
手塚治虫は語れません。

ぜひ今回は手塚治虫の
ぶっ飛んだ頭の中をお楽しみいただければと思います。


それでは本編いってみましょう。

----------------------------------

まずは「7日の恐怖」という作品

画像1

1969年11月 「デラックス少年サンデー」に掲載されました。
あらすじは
ある日、朝起きたら自分の部屋以外の空間が跡形もなく消えていた!という
冒頭からぶっ飛んだ漫画であります。

朝目覚めると自分の部屋以外何もないんですよ。
意味不明ですけど何もないんです。
部屋ごと異次元空間に浮かんでいて
それ以外何もないという異世界設定なんです。

画像2

すると翌日に大地が現れ、
二日目には海が現れ
三日目、四日目と時間が経過し
そして…七日目に創造主と呼ばれる神様のようなオヤジと遭遇します。

画像3

オヤジ曰く
「人間が堕落した存在だからこの世から消した」というんですね。
そして新しく人間をやり直すため
新しいアダムを誕生させたと。

人類は警告を与えたにも関わらず
愚かな戦争を繰り返し他人を殺してウソをついて欲を増やし…
と人間を消した素性を語ります。

そして三郎も消されることになるのですが
最後にひとつだけ望みをかなえてやろうと言います。

さぁその願いとは一体なんだったのか?


というのが本作のあらすじです。

これは聖書の世界は7日で作られたという天地創造のモジリと併せて
痛烈な現代社会への警告と
人間のあるべき姿への警鐘を描いています。

のっけから物語に引き釣り込む手腕はさすがの一言
サスペンス要素があり一体どうなるの?
ってどんどんのめり込んでしまいます。
そして最後は「人間とは?」を問う手塚治虫らしさ。
ぜひ読んでみて欲しい作品であります。


----------------------
続いて「赤の他人」

1970年02月 「デラックス少年サンデー」掲載作品です

画像4

これは
自分以外の人間は皆、「赤の他人」なのではないか…? 
という疑問を持った一人の少年のお話。

なぜそんな疑問を持ったかと言うと
少年アキラが突然何かをすると
その効果が間に合わないという事に気づくんです。

例えば
目の前のものを投げると割れた音がするのが当たり前なのに
いきなりだと音が間に合わない

つまりこの世は仕組まれたものではないか?
自分は世界から騙されているのではと疑いを抱くんです。
親も友達もTVもこの世界すべてがニセモノで自分は誰かの筋書きの世界で
躍らせれているだけではないかと思うんです。

画像5

アキラは言う。


「ぼくの一生ってのはね なんか…
こう劇みたいになってて すじがきが全部できてるんじゃないかしら

その劇のぼくをお客が…どっかでぼくを見守っているんじゃないかしら」

「ぼくのまわりのけしきは全部セットで
ぼくが毎日会う人間は親でも近所の人でもみんなほんとの人間じゃないんだ
ぼくをあやつってる連中なんだほんとうのことを隠しているんだ」

画像6

はたしてこの世の中は誤魔化しなのだろうか?


ついには
その真相を突き止めるのですが少年の前には一体何が見えたのか?


というのが本作のあらすじです。

もうお気づきの方もおられると思いますが
まさしくこれはジムキャリー主演の「トゥルーマン・ショー」ですよね。

画像7


「トゥルーマン・ショー」とは一人の青年が生まれてから30年間ずっとTV生中継されていて監視され続け、プライバシーは視聴者に晒され続けていたというお話なんですが…

第三者に自分の人生をコントロールさせられ
監視されていたという展開

まさにこの「赤の他人」の設定と同じ


しかし「トゥルーマン・ショー」の元ネタは
1959年のSF小説フィリップ・K・ディックの『時は乱れて』だそうです。


まぁどっちがどっちでもいいんですけど


当たり前だと思っていた世界が実はそうではなかったという
自身の平衡感覚を失ってしまう世界観

かなり今時の感覚なような気がします。

都市伝説、陰謀論なんかと同じで
この世界は一体なんなんだろう。
何か大きな力によって支配されているのだろうか。

もしかしたらこの見えている世界そのものが虚像で
すべて創作されたものなのではないか。

そういう誰しもが一度は思ったことのある違和感を描いた傑作
ぜひ読んでみて欲しいと思います。

---------------------------------

つづいて「人間牧場」
1961年8月 「別冊少年サンデー」に掲載されたものです

毎日毎日代わり映えのないマンネリの日々の繰り返し…。

画像8

 
そんなある日、
全く関係のない4人が同じ手紙をもらい山の上に集まることになります。
誰かの悪いイタズラなのかと思っていると

画像9


そこにロケットに乗った人間が現れ意外な事実を告げます。
それは
実はここは地球上ではなく、異星に作られた「人間牧場」であると言う。

ここにいる人間は異星人たちに家畜のように飼われていた
地球そっくりの惑星であると言うんです。

突拍子もない言葉にそれをいたずらだと思っていたが、
それを証明するためロケットに乗せられ町の外に出てみるとそこには…

というのがあらすじであります。


退屈でマンネリした人生が一転して
非現実で信じられない世界だったという驚きの設定

実は本当の世界は囲われた生活圏であり
そこから脱出するという設定は
「進撃の巨人」「約束のネバーランド」のような作品に通ずるものがありますね。



今回ご紹介した3作はいづれも50年以上も前に描かれたものです。
その時代からこのような発想していたのは
やはり手塚治虫とは只者じゃありません。

手塚治虫の本当の凄さというのは
容赦なく夢と希望を破壊することにあると思います。
ファンタジーやメルヘンもいいけど
このように何もない平凡な日常を叩き壊してくる凄み。
絶望的な描写こそ手塚作品を形成している重要な要素なんですよね。

これはやはり
戦争体験をした手塚先生が
一瞬にして日常が奪われる恐怖を経験して来ているからと思われます。
戦争を通じて如何に日常がもろいものであるかというのが
常に深層心理にあるので
突然現実がぶっ壊れて、一瞬にして違う世界になってしまうという世界観を持ち合わせているのだと思います


ここに本来持ち合わせている「SF好き」が相乗効果となって
手塚治虫独特の
この世のものは決して永遠ではないという世界観が構築されていくんですね


そしてもう一つは
「真実への問いかけ」です。

目の前に見えている景色だけが決して本質ではないという。
ご紹介した作品いずれも「本当にこの世の中は正しいのか?」を問う作品になっています。
虚構世界を描くことで
「真実は隠されている」というメッセージを込めることが多い手塚先生は
大きな力によって真実が見えにくくなっていることを暗示する作品を多く残しています。

それは時に陰謀めいたものから
人間そのものが招いた悲劇への警告のような真実を描くこともあります。

いづれも手塚治虫を語る上で
非常にエッセンシャルな要素であることには間違いありません。

ぜひ今回ご紹介した3作品
ご覧いただきましてダークでシニカルな手塚短編を堪能してほしいと思います。


本作は
「7日の恐怖」と「赤の他人」は
SFファンシーフリーに収録されており

「人間牧場」はSFミックスという作品に収録されております。

その他にも秀逸な短編が収録されておりますので
ご一緒にお楽しみください。

この記事が参加している募集

好きな漫画家

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?