手塚治虫「バンパイヤ」以降作風が変わったワケ。(後編)
今回は前回の「バンパイヤ」の続き、後編をお届けいたします。
前編では手塚治虫の抑圧された変化、
そして元祖「イケメン悪党」の誕生についてお話しました。
それこそ「ロック」の悪党ぶりの話を散々やりましたが
今回も性懲りもなく「ロック」です。
もうね、バンパイヤってロックなんです。
このロックの登場により手塚作品がどのように変化していったのか
解説していきますのでよろしくお願いします。
それでは本編行ってみましょう。
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まずは前編からおさらいください。
本作の発表以降、手塚作品には明らかな変化が見られることになります。
タッチ、世界観、そして人間の本来持っているドス黒い心の描写が顕著に表れてきます。「バンパイヤ」直後に描かれた作品として
「火の鳥」「どろろ」を皮切りに
「地球を呑む」「空気の底」「IL」「ザ・クレーター」「グランドール」を次々と発表。
これらのタイトルを見れば
如何にこれまでと作風が変化したか見て取れると思います。
そして大人向けマンガとして「人間ども集まれ!」にも積極的にチャレンジしていき、青年漫画への劇画タッチが完成したと言われる「きりひと讃歌」へと繋がっていくわけですから間違いなく「バンパイヤ」がキッカケとなり手塚治虫の中で何かがはっちゃけてます。
「バンパイヤ」以降、表現も若干劇画調になったことと
悪役をしっかりと描くというキャラクター設定は文字通り手塚治虫が本来描きたかったダークサイドが表舞台に飛び出すキッカケにもなりました。
そんなターニングポイントにもなった「バンパイヤ」でありますが
これでも当初は掲載誌が少年誌だったため、本編では描けない表現の限界というものもありました。
しかし後にその鬱憤は青年コミック誌に場所を変えて、
「バンパイヤ」で描けなかった徹底した悪人描写、ピカレスク描写の可能性を追及するとして「MW」を発表し、とんでもない化け物を描いております。
この「MW]こそ良心のかけらもない残虐非道なぶっ飛んだ主人公ですし
さすがにこの設定は「バンパイヤ」では描けませんよね(笑)
そしてこの「MW」でも
結城と賀来が見えない鎖で繋がれた淫靡な関係性が描かれておりこれこそ
まさにトッペイとロックの奇妙な関係性の発展形ですね。
ダメと分かっていても逆らえない。説明できない怪しい魅力。
逃れられない魔性の魅力ってこれこそ「イケメン悪党」の系譜です。
この辺りの当時のロックの悪人描写への批判
パンパイヤをどう見るについては「チェイサー」4巻19話に掲載されているのでぜひ一度覗いてみてください。
当時の空気感を感じられると思います。
話を戻しまして…
元々ド悪党を描きたかった手塚先生にとって
先に解説したようにそのまま描いちゃうとマズいってことで「バンパイヤ」ではその表現をまろやかにするために
普段は真面目な少年だけど獣になると理性を失うトッペイと
人間の姿のままでとことん悪いことをしでかす少年ロックという
あえてもう一人の人物をセッティングしてその表裏を一人の設定ではなく
2人のキャラクターとして個別に表現しました。
これがまた見事にヒットします。
これまでの手塚先生が得意としていた設定であれば
一人のキャラクターが持っている二面性、そしてそれを背負う宿命のように描いて異形の者が人間との狭間に立って苦悩するキャラという表現をするんですが
今回はその悪の部分だけがそっくり分離しちゃってます。
これによっていつもの「異人種との狭間に揺れ悩むキャラ」設定が薄まってしまうのですが
実際ロックの登場はそれらより遥かに上のインパクトを与えちゃうんです。
薄まったとは言え定番の設定は生きているんですよ。
だけどそうした鉄板設定を根こそぎ持って行ってしまう個性がロックには
出ちゃったってことです。
やっぱり悪役って人気あるんですよね。
ブラックジャックも三つ目の写楽も実は最初の設定は「悪」だったのに
いつのまにか
「正義の味方」になっちゃったって手塚先生も言っておられましたしね…。
やっぱ悪党ってちょっと魅力的なんですよね
でもこれは
トッペイとロックと分けたように、ブラックジャックにおけるピノコ
写楽における和登さんのように役目を分けるという設定がそうさせているわけで中和させるキャラを置く事で手塚悪党が非常に魅力的に写るというキャラ設定が以後の作品でも見て取れるようになっていき手塚作品の核になる
描写として定着していくんですね。
ちなみに嘘か本当か分かりませんが手塚作品のこの悪魔的なところを
宮崎駿さんが嫌っているらしい
という噂を聞いたことがありますが
実際宮崎作品には完全な悪党が出てこないところを見ると
そういう想いはあったのかも知れませんね。
まったくのでっちあげかもしれませんが…
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そしてバンパイヤは68年から半年間、虫プロ商事で製作された実写ドラマとしてTV放映もされます。この変身シーンには画期的なアニメ合成技術が使われ当時非常に話題となりました。
30分のシリーズ物で、これを実現するのは当時の技術では極めて大変なことですから製作スタッフの意気込みが伝わってきます。
これ今見てもすごいなぁと感心させられる出来なので
ぜひこの変身シーン見てみてください。
そしてこのトッペイ役にはあの「相棒」シリーズでおなじみの水谷豊さんが
演じておりこれは水谷さんの事実上のデビュー作となっております。
ちなみに変身シーンの撮影は虫プロの中庭で行われ手塚先生も本人役で参加されております。
そしてテレビドラマ化に併せて「少年ブック」の68年10月より「バンパイヤ」第二部がスタートするんですが
掲載雑誌「少年ブック」が休刊になったため未完となってしまいました。
これに対し手塚先生は単行本化の際に結末を描くと言ってたのですが
ついにそれも叶わず…。
完全に未完のまま終了ということになってしまいました。
この中途半端なラストに
「続きがよみたい手塚作品ランキング」では常に上位に来る作品となってしまうわけであります。(そんなランキングあるのか知りませんけど)
二部においてもロックの変態性、狂気性が変わらず発揮されておりまさにロック=悪役のイメージが本作で完全定着しちゃいましたよね。
「火の鳥未来編」、「アラバスター」でゴリゴリの悪役やってますし
「ブラックジャック」でも刻印でめっちゃドギツイ奴やってましたもんね。
まさしく悪役の定義を決定づけた作品と言っても過言ではないでしょう。
ちなみに初期のロックをご存じない方に補足しておきますと
最初の方のロックってもう全然キャラ違いますからね。
全く想像できないくらいいいやつです。
180度真逆とはこの事と言わんばかりの変わり身でビビリますよ(笑)
出木杉くんがフリーザになったくらいの衝撃ですかね。
まさにこれは手塚先生が抱えていた変身願望、憧れ、妄想という側面を
ロックというキャラクターに投影し「変身」というテーマにド直球に取り組んだ超絶な意欲作の表れであったかが分かるかと思います。
最後にプチ情報をひとつだけ。
これは「バンパイヤ」連載時に担当になった若い編集さんのお話です。
その当時の手塚先生の仕事ぶりは超人的で
連載を同時に10本抱えていて「手塚番」と呼ばれる編集者たち常時5~6人が泊まり込み、その中でほぼ寝ずに書きまくる手塚先生に驚いたそうですが
もっと驚いたのがある時、
その若い編集とストーリーで対立したことがあって普段は意見なんて言わないのですがその時は
「先生は若者の気持ちが分からない」というと
じゃあ「若者の気持ちが分かるところ連れてってください」と言い出したそうですぐにタクシーに乗り六本木の当時のツイストのお店に行ったそうです
ちなみにこの時、深夜2~3時
しかも2人とも踊れないから店の片隅でネームを描いていたらしいという
超負けず嫌いな手塚先生のエピソードでした。
はいというわけで今回は「バンパイヤ」の後編をお届けいたしました。
如何でしたでしょうか。
バンパイヤは本当に色んな意味でターニングポイントな作品なので
まだまだ話足りないことが沢山あります。その分はまた別の機会にでも配信したいと思いますでその時が来るまでお待ちいただければと思います。
最後までご覧くださりありがとうございます。
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