インヘーラーが環境に与える影響
私たちzeniusは、数多くの海外医療機器メーカとビジネスを行ってきました。その知見を活かし、日本のペイシェントエクスペリエンスを向上させるべく、DDSデバイス開発に日夜貢献しております。 今回は、2022年末に弊社も参加したDDLカンファレンス(Drug Delivery to Lungsカンファレンスは、毎年エジンバラ/スコットランドで行われる呼吸器系薬物送達のあらゆる側面を網羅した国際会議です。)で実施したヒアリング内容等をベースに、海外におけるインヘーラーを中心としたデバイスの環境対策例とそのトレンドについて、噴射剤と製品材料の2つの側面から見てまいります。
■ 噴射剤の環境負荷への対策
現在、事業内容が環境へ与える影響に関しては、医療領域のみならず、ほぼ全ての業界、企業において喫緊の課題として常に注目を集めています。経済産業省が発行した“温室効果ガス排出の現状等”では2019年に国内で排出された温室効果ガスのうち0.05%をMDI(Metered Dose Inhaler : 定量噴霧式吸入器)が占めています。
しかしながら、日本国内のみならず世界中の呼吸器疾患を患っている人々(なかでも高齢者をはじめとした自力で製剤を吸入することが難しい人々)にとって、pMDIを含めた吸入器自体は必要不可欠であるため、中でも当該問題の因子として一番関連性の強い“噴射剤”による環境負荷を低減することに世界の注目が集まっています。上記課題に対策を行っている企業の例をいくつか紹介します。
イギリスの製薬大手アストラゼネカ社はハネウェル社と共同して同社製ノンフロン“HFO-1234ze”を噴射剤に使用し、従来品(同社製:HFC-134a)に対して温室効果ガスの排出を99.9%削減した次世代吸入器の開発を行うと発表しています(臨床開発中、2025年上市予定)。※HFC-134a のGWP(Global Warming Potential:地球温暖化係数)は1430に対して、HFO-1234zeのGWPは1未満。
イタリアの製薬大手Chiesi Farmaceutici社もKOURA Zephex社製の噴射剤“Zephex ® 152a”を使用し、既存品に対して温室効果ガスの排出を90%削減した次世代吸入器の開発を発表しています(5年間で3億5000万ユーロの投資計画、2025年上市予定)。
※KOURA社HPによると、CO2排出量をDPI(Dry Powder Inhaler:ドライパウダーインヘーラー)と同等レベルまで下げることが可能とのことです(https://www.kouraglobal.com/5899/)。
このように欧州大手製薬では明確にショート・タームのゴールを設定して、多大な資金を投じて噴射剤による影響を抑えようとしていることがわかります。他方、デバイスが環境に与える影響を抑えるためには、デバイスの使用時に排出されるガスの影響のみではなく、使用後にどのように廃棄され、その結果として環境にどのような影響を与えるのかについても考える必要があります。そこで今度は廃樹脂の処理方法の現状と、環境負荷を低減していることを証明する認証の一例について説明いたします。
■樹脂部品のリサイクル
吸入器をはじめとした医療用デバイスには多数の樹脂部品が使用されています。無論、デバイスの部品材料に環境負荷の低いものを代替使用できることが理想なのですが、代替した樹脂部品も医療分野の基準を満たしている必要があるため、安易に変更することは出来ません。そのため現状では主に次の3種類のリサイクル方法が採用されています。
1. サーマルリサイクル法
廃棄物を燃焼させる際に発生する“熱エネルギー”を回収するリサイクル方法であり、回収されたエネルギーは火力発電などに利用されます。※廃樹脂は紙ごみと比較して2~3倍の発熱量があります。現在の日本では主流となっているリサイクル法であり、廃棄物を燃料として再利用することで石油などからの新たなCO2などを発生させないというメリットがある一方で、燃焼によるダイオキシンの発生などが課題となっています。そのため欧米では一般的にこの方式はリサイクルとして認められていません。
2. ケミカルリサイクル法
廃樹脂を原材料にして“再度製品として利用する”リサイクル法です。方法としては次の5種類があります。
原料、モノマー化:廃プラスチックを原料やモノマーに戻して再利用する方法
高炉原料化:廃樹脂を高炉で還元剤として利用する方法
コークス炉化学原料化:廃樹脂をコークス炉などで燃料として利用する方法
ガス化:廃樹脂を熱分解してガスを精製する方法
油化 :廃樹脂を熱分解して油を精製する方法
高温の環境下での熱分解などを行うため、複数の種類の樹脂や汚れが混入していてもリサイクルが可能というメリットがある一方で、廃樹脂の安定確保や添加物の処理/輸送コストが掛かるといったデメリットもあります。
3. マテリアルリサイクル法
使用済みの樹脂を化学的に分解し“原材料として再利用する”リサイクル法です。科学的に分解しているため、リサイクルされた材料はバージン材と同等の物性を持つというメリットがある一方で、処理が難しく不純物の混入などがあると本来の品質を保てないといったデメリットがあります。
現在の日本では、回収された廃樹脂の約60%がサーマルリサイクル、約20%がマテリアルリサイクル、約5%がケミカルリサイクルとしてそれぞれ処理が行われています。しかし、上記のリサイクルのみでは環境負荷の軽減が限定的なため、まだ充分とは言えません。そのため廃樹脂だけでなく、製品の原材料調達から消費活動まで含めたサプライチェーン全体を、しかも国内だけではなく海外の拠点など含めてトータルに環境負荷を低減する取り組みが一層求められています。
デバイス単体又はサプライチェーン全体で環境への負荷を低減していることを証明する方法の1つとしてISCC PLUS認証(EU内ではISCC EU認証)の取得があります。
■ ISCC PLUS認証とは
ISCC(International Sustainability & Carbon Certification)とは国際持続可能性カーボン認証で、バイオマス又はリサイクル原料の持続可能な使用を証明するために、現在100か国以上で用いられている認証制度です。この認証を取得することで、製品のサプライチェーン全体で製品のトレーサビリティを保障に、企業が重要な環境問題に取り組んでいることの証明となります。
2015年にパリ協定が採択され、世界共通の目標として“2050年カーボンニュートラル”が掲げられ、特に欧州を中心にISCC PLUSを取得する企業が増えています。日本国内でも、政府が2020年10月に“2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする”ことを宣言しており、カーボンニュートラルの達成のために国内でもISCC PLUSを認証する企業が増えてくることが予想されます。
ちなみにISCCにはISCC EUとISCC PLUSがあります。ISCC EUは、2008年に採択された“再生可能資源由来エネルギーの利用促進に関する欧州議会及び欧州理事会指令(Directive of the European Parliament and of the Council on the Promotion of the Use of Energy from Renewable sources)”(以下、REDと称す)に基づく、EU内のバイオ燃料に関するものであり、EU指令で定められた認証です。一方、ISCC PLUSとは、EU外の全世界の製品が対象で、バイオ燃料のみでなくリサイクル原料や製品でも取得可能となっており、ISCC EUのようにサプライチェーン全体での排出量の把握は要求されていません。現時点では、EUの方がこのあたりの基準は厳しく設定されているようです。
以下、本記事内でのISCC認証はISCC PLUSのことを指します。
ISCC認証を受けるために必要な認証プロセスの概要は次の通りとなります。是非、ISCC認証を取得する際の参考になさってください。
https://www.iscc-system.org/process/market-applications/certification-examples/
1. 対象分野の確認と理解
持続可能なエネルギー、産業用アプリケーション、及び食料と飼料などの分野があるため、自社の業務に関してISCC認証がどのように影響を与えるかをあらかじめ理解しておく必要があります。
2. 認証機関の選定
次に、ISCCに登録する前に、認証機関との契約締結が必要です。認証機関の一覧は次のURLを参照してください。
https://www.iscc-system.org/process/certification-bodies-cbs/recognized-cbs/
3. 登録
登録フォームに記入して送信後、ICSSから登録番号が記載されたメールが送られてきます。
4. 監査
内部監査(社内で実施)又は認証機関による監査を受ける必要があります。監査に合格後、ISCCのウェブサイト上で証明書が公開されます。
5. ISCC認証要件への準拠
ISCCのロゴの使用、及び認証取得した旨を公表するためにはISCC認証を受けた素材を使用しなければなりません。また、認証を受けた組織はISCCのウェブサイトでサプライヤが有効な認証を所有しているか確認する必要があります。
医療デバイスが環境に与える影響、そして目下注目されているその対策方法などをいくつかご紹介しましたが、弊社では、上記内容以外にも、部品や工程数の削減、ユーザビリティ、及び量産性の観点などから、環境影響を最小化させるためのプロダクト開発をご提案しております。本件や弊社サービスに関するお問い合わせはHPより是非ご連絡ください。
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