天気雨の午後にシャワーを浴びることについて

 変な天気だった。日が射しているのに空は灰色で、ときどき雨が降る。おまけに風も強い。ベランダに並ぶ植木鉢の植物たちが、雨と風と光によって、キラキラとひかり輝いていた。

 シャワーを浴びたばかりの彼女は、ぬるい水が滴る長い髪をタオルで拭いながら、ベランダの窓越しに植物たちを眺めている。表面の髪が光に透けて薄い金色に見える。彼女は、下着の上にサイズの大きい一枚のワイシャツしか纏っていないものだから酷く寒そうに見えて、わたしはこっちに来るように言ったけれど、彼女は、平気、とだけ答えて窓の傍から離れようとしなかった。誰も彼女を彼女の関心事から引き離すことはできないのだ。わたしは諦めて、仰向けに寝転んで天井を見上げると、畳の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。近くのクッションを引っ張って抱えこみ、本を開いて読書に戻ったふりをする。大きく開いた襖の隙間から彼女のいる洋間の時計を見ると、午後2時を示していた。

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 いつだって、早い時間にシャワーを浴びる行為は、学校を早退したいつかの日を思い起こさせる。でもほんとうはそんな日なんて無かったような気もするし、やはりあったような気もする。遠い夢のような気配の、曖昧な記憶だ。もはや記憶なんて呼べるような代物ではないのかもしれない。いずれにせよ、わたしたちはいつかの早退した日から今日に至るまでの長い間、その日から出られていないような気がしている。もうずっと、わたしには分からない。眠りに入って、次に目が覚めたとき、そこは本当に次の日なのだろうか。昨日から今日は何かが進んだのだろうか。結局わたしたちは、当たり前なことすら充分にできない事実からくる劣等感を、なにか特別で仕方のない事情にすり替えて、それをアイデンティティとして大切に抱えながら、安全な寝床に耳を塞いで包まることを延々と繰り返しているのだ。ゆるやかに空気が薄くなるのを、浅くなる呼吸で感じながら。

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 彼女は一般的な入浴時間にはほとんど風呂に入らない。彼女が自身の汚れを感じたときに入るらしいので、それは明け方だったり、深夜だったり、今日みたいに昼下がりだったりする。一日に何度も入ることもある。わたしはだいたい、彼女が入浴を終えると彼女のためにホットコーヒーを淹れる。いつも風呂上がりに薄着でいる彼女に、風邪をひいて欲しくないからだ。

 湯が沸いた音を聞くとわたしは台所に立ち、いつものようにコーヒーを二杯淹れる。テーブルにふたつのコップと砂糖の入った瓶を並べると彼女を呼んだ。

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