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野球少女

韓国でプロ野球選手を目指す女子高生アスリート、葛藤と奮闘の物語。

女性のプロ野球選手を描いた話といえば、真っ先に思い浮かぶのが、水島新司原作の野球漫画『野球狂の詩』(水原勇気編)。草野球に明け暮れた少年時代を過ごした昭和世代には、ダイレクトに突き刺さる名作中の名作だ。

1977年には日活で実写映画化され、同年フジテレビ系列でテレビアニメとしても放映された。実写映画の主演は木之内みどりで、正直アイドル映画の域を出なかった凡(珍)作だったが、アニメーションのほうは極めて秀逸。原作のテイストそのままに、架空の球団「東京メッツ」の選手たちを軸に、プロ野球に携わる人々の悲喜こもごもを人情味たっぷりに活写してくれた。

本作『野球少女』の主演は、Netflixオリジナルドラマ『梨泰院クラス』でブレイクした、イ・ジュヨン。実写版『野球狂の詩』の木之内みどりと比べるまでもなく、イ・ジュヨンのほうは、約40日間のトレーニングを経て撮影に臨んだそうで、投球シーンのリアリティをしっかり追及している。

『野球少女』は、女子には絶対無理だと周囲から言われつづけた主人公のスインが、いかにして“ガラスの天井”を突破し、プロ野球チームのトライアウトにこぎつけるかを、ストーリーの中心に据えている。対して『野球狂の詩』(水原勇気編)は、どちらかというとプロ球団に所属してから、どのようにして女性がプロ野球選手として活路を見出していくかにスポットを当てていた(もちろん、当時の野球協約を乗り切る場面も描かれている)。

どちらの話も主人公の成長を促す役目として、コーチの存在が重要になってくる。プロに成れなかった自身の経験をスインに重ね合わせ、目標に向かって二人三脚で歩む野球部コーチのチェの存在が際立つ。スカウトの目に留まり、トライアウトで通用するための秘策を考え、スインに授ける。130キロ台のストレートだけでは、到底太刀打ちできない。打者の手元で予測不能な動きをする変化球、ナックルボールの習得こそがプロへの突破口なのだ。実際、日本の独立リーグでナックルボーラーとして活躍した女性、吉田えり選手が存在したことを考えれば、もっとも理に適ったプランといえる。

一方、『野球狂の詩』には、世話女房役のキャッチャー・武藤兵吉がコーチ代わりとして登場し、水原勇気にプロの厳しさを叩き込む。アンダースローのサウスポー・水原勇気に“ドリームボール”なる魔球のきっかけを与えた武藤は、ほどなくして広島カープにトレード。以後、“ドリームボール”を打つことに執念を燃やす。水原自身は“ドリームボール”を武器にワンポイント・リリーフとして、自分の存在価値を確固たるものにしてゆく。敵味方に分かれた師弟の対決の行方は果たして……

『野球少女』の場合、題材はあくまで野球だけれども、本当に好きで堪らないものを、自分の意志ではなく、前例主義や偏見からくる固定観念によって、理不尽に取り上げられてしまうことへの反発を描いている。

プロ野球への夢を諦めきれない娘を認められない母親。決して裕福ではない家庭の事情が、スインをさらに追い詰める。高校を卒業したら就職して、家計を少しでも助けてほしいと願っている母親だが、本当のところはスインの夢を叶えてやりたい気持ちも持ち合わせている。

女性というだけで常に好奇の目にさらされ、リトルリーグ時代から孤軍奮闘してきた娘を、一番近くで見つづけてきたにちがいない母親。理想と現実に苦悩する姿は、母と娘に共通している。だからこその大団円、母親が球団社長を前にした際のやり取りが、微笑ましくもあり涙を誘うシーンとなり得たのだ。母親の愛情溢れる名場面は、それまでの“毒親”描写がしっかりネタふりとなって、効果絶大。

ご都合主義の“スポ根”映画と侮るなかれ、『野球少女』はたった100分ほどの時間で、既成概念の殻を見事に打ち破ってみせてくれる。


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