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藁にもすがる獣たち

ふとした瞬間、どうしても聴きたくなる声とか曲って、誰しもが持っていると思う。映画においても例外ではなく、あの話のあのシーンが無性に恋しくなる瞬間があったとしても、至極当然なことだ。

自分にとっては、韓国映画がそんな役目を担ってくれている。とくに犯罪がらみのもので、こちらの五感を土足で踏みにじるような、激しい痛みを伴う作品をいつも心待ちにしている。『オールド・ボーイ』、『親切なクムジャさん』、『アジョシ』、『悪女/AKUJO』、『悪魔を見た』など、どれも大好物だ。

本作『藁にもすがる獣たち』は、大金が詰まったボストンバッグを巡る、欲にまみれた男女の攻防戦。予告編を観たときから、上記のような韓国ノワールの雰囲気がそこかしこに感じられて期待大だった。

ひとつのアイテムが、登場人物のあいだで行ったり来たりしながら物語が進行する映画で、真っ先に頭に浮かんだのが、『アンカット・ダイヤモンド』(2019・Netflix)。アダム・サンドラー久々の当たり役として高評価を得た作品だ。ここで人生を狂わせるアイテムとして登場するのは、不思議な力が宿るとされるブラックオパールの原石。ギャンブル依存のアダム・サンドラーが、このオパールを元手に大金を稼ごうと奔走するが、ことごとく失敗。果たして、最後のひと勝負に打って出た結果、またもや予想外の展開になってゆく。アダム・サンドラーが金と女にだらしない男を見事に演じた快作なので、時間があれば是非。

他にも、犯罪がからむ映画ではないが、アイテムに関わった人々の運命が、徐々に歪められていくといった括りでいうならば、『レッド・バイオリン』(1999・カナダ)なる名作もある。17世紀後半から文化大革命をかいくぐり現代に至るまで、その時代ごとに所有した者たちは、バイオリンに導かれるように数奇な人生を辿るといった内容。壮大なスペクタルといえる大作で、こちらも超が付くほどのお勧め映画だ。

で、『藁にもすがる獣たち』。ストーリーはおもに3組の視点を、6つの章立てにして構成されている。接点のなかった登場人物それぞれが、話が進むにつれて微妙に交錯。大金が移動するたびに死体が増えていくといったフィルム・ノワールの王道。生き残るのは誰か、大金を手にするのは誰なのか、最後まで興味は尽きない。

120分に満たない上映時間で、このチャプターの多さに少し面食らった。場面転換をそこまで観客に印象付けなくても良かったのではないか。章立てでわざわざ区切ったことにより、せっかくのテンポが削がれてしまった。メリハリを付けて転調したい箇所なのかもしれないが、どうにもリズムに乗れない。タランティーノ作品のように長尺で、チャプターごとにしっかりとしたドラマが成立しているのであれば有効な手段だろうが、本作にはまったく不要な暗転だったように思う。

しかし殺しの場面は、さすが韓国映画の面目躍如といった風情で、痛いことこの上ない。そこまで直接的にグロい撮り方でないところがまた、こちらの想像力を刺激してゾゾゾッと悪寒が走る。とくに終盤、サクッと耳の奥でエフェクトが鳴ったかのような錯覚に陥った、“ナイフ突き立てシーン”は圧巻。本編に効果音は入っていないし、少し遠目のショットなのに臨場感が半端ない。このように秀逸な演出ができるのだから、商業映画初監督のキム・ヨンフンには、今後も大いに期待したいところだ。

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