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【映画所感】 先生、私の隣に座っていただけませんか? 【ネタバレ注意】

いきなり個人的な話で申し訳ないが、本作に登場する主人公・早川佐和子(黒木華)の母・下條真由美(風吹ジュン)のキャラクターが、先日亡くなった自分の義母にそっくりで、驚いてしまった。

決して顔かたちが似ているというのではなく、その立ち居振舞い、雰囲気や風貌がそっくりなのだ。とくに、長い髪を下ろして、ムームーのような部屋着で登場されたら、もう義母にしか見えない。

田舎の一人暮らしで、料理上手。車の運転ができて、庭いじりや山菜採りが得意。盆暮れに訪ねた自分たちを、いつも社交的に出迎え、もてなしてくれた義母。

縦横無尽にキッチンを行ったり来たり、おいしい料理をたくさん振る舞ってくれた義母のからだに、昨年がんが見つかった。肺がんのステージ4。

ちょうど日本中、いや世界中をコロナが席巻していた時期。見舞いもままならず、満足に感謝のことばをかけられずじまいで、今春、彼女は旅立ってしまった。看取ることはもちろん、葬儀にまで出席できなかったことが、未だに悔やまれてならない。

そんな折の、風吹ジュン。義母の生前の姿が思い出され、それだけでも本作を観た甲斐があったというもの。心の中で静かに手を合わせる。

ストーリーとは全然関係ないけれど、これも映画の見方としてはアリかな。そう自分に言い聞かせながら、本編を楽しむ。

で、本作『先生、私の隣に座っていただけますか?』。何とも憶えにくいタイトルだが、このタイトルがのちのちボディーブローのように効いてくる。まずは焦らずにみていこう。

早川佐和子と早川俊夫(柄本佑)は、結婚5年目の漫画家夫婦。同業者とはいえ、現在、佐和子は売れっ子作家で、俊夫はそのアシスタント的立場に甘んじている模様。

佐和子の担当編集者、桜田千佳(奈緒)の何気ない一言が、自分の作品を描けていない俊夫の気持ちを、容赦なく抉っていく。このあたり、煮え切らない態度で応じる俊夫の情けない姿を、柄本佑が好演。

半分面白がりながら俊夫の反応をうかがう千佳の行動は、つねに小悪魔的。無垢なように見せかけて、実は佐和子にもプレッシャーをかけているという狡猾な千佳は、奈緒の魅力を凝縮させたようなキャラクター。

対する黒木華も負けてはいない。静かな闘志をうちに秘め、波乱の展開を予見させるような眼差しが印象的だ。

不倫関係にある俊夫と千佳、そのことに薄々気づいている佐和子。

三者三様、達者な役者の三つ巴の演技が、終始、観客を惹きつける。

佐和子の母、真由美の骨折をきっかけに、彼女の棲む田舎に一時的に引っ越すことになった早川夫妻。佐和子の仕事は必然的にリモートへとシフト。俊夫のほうは、義母のサポートと話し相手が役割のゆるい生活に。

単に“ゆるい”と表現したが、なかなかどうして、俊夫はよくやっている。自分の立場をわきまえた上で、かいがいしく働き、妻と義母の両方に気を遣う。もちろん、夫の実家に出向く妻の場合は、この比ではないのだろうが。

久しぶりにゆったりとした時間がとれるようになった佐和子。地元の自動車学校に通うようになる。ここでの出会いが、佐和子の創作意欲を飛躍的に引き上げ、夫婦の運命をも変えていく。

自分の漫画(ネーム)を通して、俊夫を追い詰めていく佐和子。ネームに描かれている内容は事実なのか、妄想なのか。復讐のアイディアとしてものすごく秀逸。実写に漫画を重ねていくような映像手法は、俊夫同様、観客をもミスリードしていく。

自分の創造した作品を用いて、真綿で首を絞めるように、じわじわと対象をいたぶっていく演出。題材を漫画にこだわらなければ、すぐに海外でリメイクされてもおかしくないレベルだ。

本作の監督を務める堀江貴大が、「TSUTAYA CREATORS’ PROGRAM FILM 2018」で準グランプリを受賞した脚本は、結婚への問いかけをベースにはらみながら、コメディーの要素もふんだんに取り入れた贅沢なもの。

とにかく、俊夫の狼狽ぶりが滑稽でおかしく、そこに千佳の天然ぶりが加わることで、さらに拍車がかかり最後まで飽きさせない。

単純に浮気したから、悪いといった内容ではなく、パートナーの気持ちを慮らず、保身に走る男に心底幻滅してしまった女の下す裁定といったおもむき。丸く収まったかに見せておいてからの手のひら返しは、感情移入していた者たちの背筋を凍らせる。

偉そうに分析しているが、自分も俊夫と見識は似たりよったり。つねに薄氷の上を歩いている人生だから、本当に身につまされる。相手の理想たらんとする妻と夫、夫婦間の役割についても深く考えさせられた。

“浮気”といった単純明快な事柄だけでなく、“稼ぎ”の大小でも夫婦間の優劣は決まってしまう…この厳然たる事実を目の当たりにするとき、共働き夫婦には、少々キツい映画になるのかもしれない。

『先生、私の隣に座っていただけませんか?』は、“おまおれ”的な俊夫へのシンパシーだけでなく、生前の義母を思い出させてくれたことでも、自分にとっては特別な映画になった。

「お義母さん、今までありがとうございました」


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