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Zen2.0 2022 セッションレビュー 〜DAY1 セッション#6〜

2022年9月10日 DAY-1 #6

尾崎 哲さま・Darius Sarauskasさま

登壇者お二人のプロフィールは以下でご覧いただけます。

・尾崎 哲さま

・Darius Sarauskas(ダリウス・シュラウスカス)さま

このセッションは、リトアニアと建長寺を繋いで行われました。

リトアニアの歴史とウクライナへの共感

冒頭、ダリウスさまからリトアニアの歴史とご本人の禅との出会いについて紹介がありました。人口300万人のリトアニア、日本との縁は1862年に「文久遣欧使節」が初めて訪問したときに遡り、その一員には福沢諭吉もいたそうです。また第二次世界大戦の折には、「命のビザ」で有名な杉原千畝が、ユダヤ人へ日本通過ビザを発給して多くの命を救った舞台にもなりました。

「リトアニアには、旧ソ連に約50年にわたり占領され、1990年に独立した過去があります。昔から征服の対象となってきた経験がありますが、現在では地位を回復できています。私たちは、自由や独立の味をよく知っているのです」ダリウスさまはこう語り、「だから私たちは、現在のウクライナの人々に強く共感できるのです」と続けます。

尾崎・ダリウス1

ダリウスさま自身は、1989年に初めて禅に触れます。リトアニアに初めて、韓国臨済宗の僧侶が訪問し、その頃から現在に至るまで「瞑想の実践者」だと語ります。その後、ポーランドの禅センターで接心に参加したり、日本を訪問して接心や修行に参加するなど、造詣を深めていきます。活動はその後も広がり、大学や企業・刑務所などで自ら発信して知らせる機会が増え、コミュニティも拡大していきます。「禅は私にとって、肯定感・頑張る力・自由やインスピレーションの源泉を感じる力を与えてくれます」と話すダリウスさまですが、「禅の明らかな効果」を実感したのは刑務所での経験だそうです。

尾崎・ダリウス2

受刑者を変えた禅の力

「8年間、刑務所を訪問して受刑者と共に坐禅を組み、お経を上げ、お茶を飲んで時間を過ごしました。ある時、出所した元受刑者から手紙を受け取ったのです。そこには、『悪い習慣に戻るよりも、パンと水だけで暮らす方が良いと思えるようになった』と書いてありました。禅の修行と、そこに内在している仏教の育む価値が、彼らを変えたのです」

その後ダリウスさまは、ラトビアで原田太玄老師と出会い、そこから数年後に国際的なOnedropzenの一員となります。2015年には原田老師に弟子入りし、現在も修行を続けておられます。

ふたりの対話

ここから、尾崎さまからの質問により対話が深まっていきます。

(尾崎)リトアニアと最初に縁のあった日本人として福沢諭吉が紹介されましたね。福澤は著書「学問のすゝめ」の中で、「日本人には独立心が欠けている」という指摘をしています。先ほど、リトアニアの人々は「自由と独立の味を知っている」という話がありましたが、その本質とは何でしょうか?

(ダリウス)お話ししたように、リトアニアは何度も征服の対象になってきたことから、いわゆる「外型的な自由」を何度も失い、何度も回復してきた経験があります。外型的な自由はいわば流れる水のようなもので変化しますが、内面の自由は自分が生まれつき持っているものであり、変わることもなく、外から傷ることも、奪うこともできないものです。この、変わることのない内面の自由と外型的な自由は、調和させることが重要です。インナーウィズダムを調和させることが、『和』が訪れるのです。

尾崎・ダリウス3


(尾崎)先ほど、ダリウスさまのお祖父様がシベリアに追放されていたお話がありましたが、私も大使としてこちらに来て、本当に多くの人々がそういった経験からのサバイバーであることや、シベリアで生まれたという経歴の持ち主であることに驚かされました。未だリトアニアにはソ連占領時代の記憶が生きていると言え、このことがウクライナの人々への共感や理解につながっているのだろうと感じています。多くの人が経験したそのような極限状態においては、1日をどう生きていくかに必死だと思うのですが、日常を大切にする禅のあり方との共通点はあるのでしょうか?

(ダリウス)私の祖父はシベリアの刑務所で10年、さらに3年の追放生活を経験しています。国や家・資産を奪われました。祖母も長い間、知人の家で隠れ住んでいました。本当に多くの人がこのような時代を経験しており、その経験は親から子へ伝えられてきました。それが現在も記憶として残っており、それゆえウクライナの人々に深く共感できるのです。極限状態で生き残るには、自分の内面・内なる禅に深く集中することが大切です。外側に惑わされず、自分の内面に集中することは禅との共通点だと言えます。


(尾崎)先ほど受刑者との対話のエピソードをお聞かせ頂きました。禅の効果を実感し、手紙でそれを感じ取ったというお話でした。禅の持つどういう価値が内面に影響したのでしょうか。またそもそも、どうしてそのように刑務所での活動を始められたのでしょうか?

(ダリウス)友人が刑務所の訪問をしていたのですが、ある時代わりにいく機会があったのがきっかけです。中には重罪を犯した人もいるのですが、一緒にお経を上げたり、坐禅を組んだり、お茶とケーキを楽しんだりしました。本当に多くの時間を共有しましたね。そういう交流を重ねた結果、お互いに敬意と思いやりを持ってひとつになり、彼らの瞳の中に仏性を見ることができました。言い換えると、「真の人であり続けること」を学びました。簡単なことではありませんでしたが、人生で最も美しい禅体験でした。


(尾崎)ウクライナでの争いを始め、世界で二元的な対立が多く見られています。ダリウスさんが取り組まれている接心などの活動には、ロシアやベラルーシなどからも参加者がいると聞きます。いわば、国同士の対立構図を超えて、インタービーイングが実践されていると感じます。そういう場で、禅はどういう役割を果たしているのでしょうか?

(ダリウス)バックグラウンドの異なる人々が参加する場では、内なる自由への渇望や和の追求に向けて一緒に坐禅やお経などに取り組むことにより、そういう活動を通してひとつになることができます。ひとつになれれば、そこには敵がいなくなるので、衝突の余地が生まれません。

ダリウスさまからのメッセージ

「日本には富士山がありますね。そして、その頂上を目指して登るように、多くの日本人が世界のさまざまな分野で良い影響を与えています。テクノロジーの世界でもそうですし、武道や書道、生花や庭園など・・・これらを追求する勤勉さや精緻さは限りがないものだと感じています

一方、山の頂上は寒さや孤独が支配しています。山の麓の家々では、暖かい空間やお茶やお酒がある。頂上と山の麓、そのバランスを調和させること、そして和を見つけることが重要です」

「日本の人々が、この『和』を見つけることを願います。友人や隣人を訪ねて、古来からの智慧を汲み取ってください。内面の自由を見つけ、外側と調和させることが何より大切です。そしてぜひ、美しい国リトアリアを訪問してみてください」

尾崎・ダリウス4

内と外のバランス、そして調和

最後にファシリテーターの石渡さんから問いかけがありました。「調和、そして内面の自由と外型的自由のバランス、これがキーワードでした。しかし、自分の国や家が奪われるような事態を想像すると、私はやはりそれを取り返しに行こうとする衝動に駆られると思います。そういう局面でも内面の自由とつながるのは難しいでしょう。何かヒントはありますか」

ダリウスさまはこう語ります。「自分を助けてくれるのは丹田です。車のハンドルは、両手で操作していると安定しますが、手を離せば事故になります。私たちの丹田にあるハンドルをしっかり握りましょう。それは、生まれながらに持っている内面の力なのです。そこをしっかりと両手で握れば、外面に左右されにくくなるはずです」

知っているようで知らないリトアニアという国、そこで禅を発信し続けるダリウスさまの活動。禅の広がりや、それによる繋がりが確実に広がっていることが実感できる対話でした。そして一貫して「調和」をキーワードに、内なる自由の大切さを穏やかに語る、ダリウスさまの雰囲気に包まれる素敵な時間でした。これをきっかけに、リトアニアに興味を持つ人が一人でも増えると良いですね。

2022.10.7(text by Joe Okouchi)

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