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大葉キムチ餃子

 夫が寝静まった夜は、とても静かだ。深い眠りに入ったらしく、段々と寝息が小さくなっている。

 何度も寝返りを打っていた背中が、おとなしく丸まっている姿を見て、愛おしく思う。私は昼間まで寝過ぎたせいで、目は冴えているし、それでもいつも、夫の背中に顔を埋めれば意識が遠のいていくものだが、今夜はなぜかお腹がシクシクと痛んで、その振動がちっとも睡魔を寄せつけてくれやしない。

 何もしない1日を過ごすのにも、慣れてきた。最初の頃はそわそわと落ち着かず、太陽が出ている真昼間だというのに、不安に押しつぶされそうだったが、もう何も思わなくなった。自分の不調に絶望するのにも、何かの拍子に蘇る嫌な記憶にも、もう飽き飽きだ。

 夫が帰宅してからの夜はとにかくあっという間に過ぎてしまうが、いつの間にか朝が来て、また長い長い昼間に、私は殺されそうになる。何をしてやり過ごそうか、一体何をしているんだ、と自分を責めたり、責めなかったりして、たまに人のせいにしたりして、今は生きている。

 だからとにかく、昼間は寝てやり過ごすのだ。PCから流れる動画を子守唄に、眼を閉じていれば時間は過ぎていく。夕方になれば思い出したように、部屋着にアウターを羽織って、歩いてすぐのスーパーへ行く。夕飯の買い出しをして、お米を炊いて、夫の帰りを待つ。この時間が唯一、ひとりきりで稼働している時間である。

 近々、新婚ゆえの旅行に行く予定があるので、冷蔵庫はなるべく空にしておきたい。そういう訳で、大葉とキムチと白菜を消費するべく、今日のメニューは大葉キムチ餃子に決まったのだった。

 恋人だった頃、彼に教えてもらったレシピ。豚挽肉の油っぽさも、大葉の爽やかさとキムチの辛味で、さっぱりといただけるので、夏にピッタリだ。もうすっかりと冬だが、そろそろ夫は餃子を欲してくる頃だと見込んで支度をしていた。

 帰ってくるなり、餃子!と喜びを体全体で表現しようと、ばんざいをする夫がとてもかわいい。自分も包みたいと言い出すので、餡を少し残しておき、昨日の残りの鍋を温める。そういえば昔はいつも一緒に餃子を包んでいたな、と思い出して、感傷的になった。結婚してからはじめての餃子の日、昔の写真を見返してケラケラと笑いながら、缶のコーラで乾杯をした。

 雨音が窓を叩く音が聞こえる。日付けが変わって、今日はもう明日になった。視力がないままベランダに出れば、街明かりが都会の夜景に見える。お腹はシクシクと痛むまま。完全に目が冴えてしまって、ベランダに出て煙草を吸った。

 少しずつ動き出す未来に一抹の不安と、不確かなものを全部抱きしめている。朝が来ればまた変わる世界に、ほんの少しの希望も求めてる。

 いつも心配かけてごめんね。元気にしてくれてありがとう。一緒に食卓を囲む毎日がわたしにとって何よりの救いだよ。

 いつも君が美味しいって食べてくれるごはんを、明日もまた作る。嬉しそうに撮ってくれる写真のフォルダがいっぱいになったら、また見せて欲しいな。

 今日は何食べようか、明日は何作ろうかって、考えながら過ごす日々が、何より幸せだと思う。雨音の中に守られて、おやすみなさい。

#日記 #エッセイ #日常 #生活 #食卓 #恋人

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