散歩と雑学と読書ノート
読書ノート
今回の読書ノートでは、雑誌に関して触れてみたい。
雑誌には、文芸雑誌、総合雑誌、娯楽雑誌、専門雑誌、趣味の雑誌、など様々な種類がある。また雑誌は定期的に刊行されるが、週刊誌、月刊誌、季刊誌などその刊行の時期も様々である。
出版界の不況もあって雑誌の売れ行きが芳しくないと言われ続けている、私の知っている限りでもいくつもの雑誌が廃刊に追い込まれた。しかしまた新たに刊行されるものもみられていて、本屋の店頭は結構な種類の雑誌でにぎわっているように見える。
私も定期的に購買している雑誌があるし、興味を持って手にする雑誌も結構ある。定期的に読んでいる雑誌については後ほど触れることにして、初めに最近読んで面白く感じた雑誌の記事から書かせていただく。
1)
岩波の「科学」6月号が「意識とクオリアの科学は可能か?」という特集を組んでいて、興味を感じて入手した。特集は土屋尚嗣オーストラリア・モナッシュ大学心理学教授を中心にくまれている。土屋は2021年に岩波科学ライブラリーに「クオリアはどこからくるのか?統合情報理論のそのさきへ」という本を書いている。
クオリアの問題も含めた意識の科学に関しては、私が最も関心を寄せている分野の一つであり、この特集の内容を含めて、別の機会にこの課題については取り上げてみたいと思っている。
2)
「Newton」7月号が、「第4次AIブーム」到来、急速な進化はなぜおきた?として、「対話AIの劇的進化 Chat GPTの衝撃」と言う特集を組んでいる。私はChat GPTを今のところ利用してみたいとは思っていないし、利用するためのスキルにも自信がない。
しかし、今後Chat GPTがもたらすであろう社会的な影響には強い関心を持っている。さらに、精神医学をベースにして、コミュニケーションの科学や、脳科学を自分の専門分野と言えるようになりたいと考えてきたものとして、私はこのChat (対話)GPTは興味深いいくつもの問題を投げかけていると考える。
たとえば、今回のことは、改めてあたりまえの対話とは何か、人間の知識とは何か、われわれはそれをどのように獲得しているのか、それはChat GPTの知識獲得とどう違うのか、あるいはどこが同じなのか、といったことを考えさせられる出来事である。さらに人と機械のあいだのコミュニケーションは人と人とのコミュニケーションと同じだとみるべきか、違うとみるならばどう違うのか。Chat GPTの対話がもたらす嘘や間違いやあるいはでっち上げの回答(幻覚と呼ばれている)をどう位置づけて、どう受けとめるべきか、それは機械学習が深まれば本当に避けることができるのだろうか等という問題がただちにおもい浮かぶ。
「Newton」の記事の一部を引用してみよう。
Chat GPTはTransformerの技術を基礎にして開発された対話サービスである。Transformerは、文章の次に来る単語を予想するしくみである。
ここでいうTransformerの技術は「ディープラーニング(深層学習)」の技術をベースにしている。それは脳の神経回路のしくみを模してAIに学習させる「ニューラルネットワーク」の手法を発達させたものである。
ディープラーニングは多層のニューラルネットワークを装備することで画像認識や画像生成、自然言語処理に大きな成果を上げてきた。
Chat GPTが自然言語処理を行って文章の次の単語を予想するときに、最も重要な特徴は「自己注意機構(Self-Attention)」を搭載していることである。この機構をもとに自然言語処理をおこなうのである。
Chat GPTでは、ネット上に流れる膨大な文章を記憶し、ディープラーニングの利点を利用してデータの特徴を抽出することが可能である。そのどこに注意を向けるかを自己注意機構で学習することで、文章の次に来る単語を予測し複雑な文章を理解したり生成したりできるのである。
私はもうすこし深くこのTransformerのメカニズムを知る必要性を感じている。しかし、私の不確かな知識をもとにしても、現在のAIが人間のニューロンの仕組みを如何に模しているとはいっても、実際の脳のニューロン活動とは異なるものであるといって間違いではないだろう。
AIのアルゴリズムは類似した要素があったとしても、生身の脳が行うものとは異なる性格のものである。
今回の「Newton」の記事のなかで、中尾豊、東京大学大学院工学系研究科人工物工学研究センター教授は、「Chat GPTが持っている概念と、人がもっている概念とはちがうものでしょうか」という問いに次のように答えている。
これはむずかしい問題です。リンゴの例でいえば、Chat GPTは現実に存在するリンゴの手ざわりや色、味などを直接理解しているわけではありません。(つまり、人間なら容易に理解できるリンゴのクオリアをChat GPTは理解できないと中尾教授は指摘しているのである)……その意味では、Chat GPTは人と同じようにリンゴを理解しているわけではないといえるでしょう。
一方で、人が概念を形成するしくみが、Chat GPTが概念を形成するしくみと類似していると思われる場面もあります。(として「相対性理論」の概念の理解についてを例にして述べているがここでは省略する)
ほかにも、たとえば「正義」や「自由」といったそもそも抽象的な物事に対しては、……私たちが、そしてChat GPTがどのように概念を形成しているといえるのか、非常に興味深い問題です、と中尾教授は述べている。
私は生身の人間の脳がどのようにして言語処理を行っているのかに関心がある。言語の持つ意味や概念あるいはクオリアをどう脳が獲得し、文を作ったり対話をおこなっているのかという問題は少しづつわかりかけているところもあるがまだまだ謎のままである。Chat GPTは、異質であるとしてもその謎に近づくための一つのモデルを提供していると考えることも可能だろう。
ところで、Chat GPTの言語処理の仕方は、言語学の領域からみると、認知言語学に親和性がありそうに思われるが、認知言語学に批判的な立場のチョムスキー派ではどのようにChat GPTの言語処理を受けとめているのだろうかという事にも私は興味がある。
3)
文芸雑誌(文学界、群像、新潮など)や総合雑誌(世界、中央公論、文藝春秋など)はおもに図書館から借りて読んでいる。
最近は追悼文を読む機会が多かった。大江健三郎、坂本龍一、中井久夫、富岡多恵子、加賀乙彦、天沢退二郎、畑正憲などの諸氏が逝去され、追悼文に触れながら私は感謝の気持ちとさみしい思いをかみしめた。
また、文芸雑誌では、村上春樹の新作「街とその不確かな壁」を取り上げた記事がいくつかみられた。
「新潮」6月号の特集「七つの視座で読む村上春樹の新作」では、7人の書き手が短い批評をおこなっている。ここでは「安藤礼二」と「吉本ばなな」の文章から印象に残った箇所を引用させてもらう。
4)
次に私が定期的に購買している雑誌について簡単に触れておきたい。精神医学の雑誌は別として、私は、「思想」、「現代思想」、「みすず」、「日経サイエンス」、「談」、「ゲンロン」を定期的に買っている。今後、面白いと思う記事があったらそのつど書かせていただこうと思う。
今回は「現代思想」と「みすず」そして「日経サイエンス」の記事に触れておきたい。
「現代思想」の6月号の特集が「無知学/アグノトロジーとは何か 科学・権力・社会」であった。私は科学論の領域に「無知学」という分野があることを今回初めて知った。まだ十分に読み切っていないが、私は今にいきる我々にとって本当に必要な知識とは何か、あるいは無知であることの効用もあるのではないだろうかと考えることもあるので、「無知学」が何を求めようとしているのか知りたいという気持ちがわいている。
「みすず」は、みすず書房の広報誌であるが良質のエッセイなどが掲載されていて毎号私は楽しみにしている。しかし、今年の11月には紙媒体の雑誌としては廃刊になる予定のようである。
6月号で、上野千鶴子氏の連載『アンチ・アンチエイジングの思想ーボーヴォワール「老い」を読む』が13回目で最終回を迎えた。なかなかの力作であった。12回目で上野は、サルトルの最晩年を伴走したボーヴォワールに関して記載した中で次のように述べている。
さらに最終回で、「死ぬことに自己決定はない、ちょうど生まれることに自己決定がないように。ボーヴォワールがわたしに同意してくれることを、わたしは確信している」と上野は述べ、次のように最後を締めくくっている。
ところで、最近フランスのマクロン大統領が安楽死について議論することを呼びかけている。映画監督のゴタールがスイスで安楽死を選んだことに刺激されてのようである。議論を重ねることはよいことだ。日本はあまりにも本格的な議論がなさすぎる。
安楽死に関しては私は今のところたぶんこれからも上野がサルトルやボーヴォワールのところで述べたことに賛成だ。
「日経サイエンス」の7月号の特集は「植物愛! 朝ドラ『らんまん』で知る植物学者今昔 現代の牧野富太郎たち」であった。
私は朝ドラ「らんまん」を楽しんでみているのでこの特集も楽しめた。私は散歩のときに草花の名をスマホのアプリ「ハナノナ」で調べてみることを楽しみにしているが、特集の紙面に写っているネギバナの写真を、スマホをかざしてみたところネギバナ100%とでてきた。AIの映像解読力恐るべしである。
***
「こころの風景、脳の風景―コミュニケーションと認知の精神病理―Ⅰ、Ⅱ」より
★「宇宙の物質はどのようにできたのか 素粒子から生命へ」
日本物理学会編、日本評論社、2015年3月
宇宙や物質の究極の姿をめぐる研究が相互に関連しあいながら現在目覚ましい進展を示している。そうした研究のアウトラインを知るのに最適と思い私は本書を手にした。
本書は一般向けの講演をもとに書かれたというが、簡単に理解できる内容のものではなかった。とはいえ問題に立ち向かおうとする研究者の熱い思いが伝わってきて、宇宙と物質をめぐる科学の最先端のロマンに触れさせてくれる本である。
ビッグバンによって宇宙が誕生してから138億光年である。その宇宙誕生の10のマイナス36乗秒後のころに、宇宙が莫大な膨張、すなわちインフレーションをおこしたと現在は多くの学者が信じていると本書で述べられている。その時の空間の広がるスピードは光の速度をはるかにしのいでいたとみられている。それを引き起こしたエネルギーは真空のエネルギーであったと考えられる。現在も宇宙は膨張を続けていて、現在の宇宙の膨張を支配しているエネルギーはダークエネルギーと呼ばれている。真空のエネルギーはダークエネルギーと同様であるが現在のダークエネルギーの100桁以上も大きなエネルギー量であったとみられている。
現在の宇宙に存在しているものは、この謎のダークエネルギーと同じく謎のダークマターそして元素である。それを物質・エネルギーの組成比でみると、ダークエネルギーが68.6%、ダークマターが26.5%、元素がわずか4.9%である。
ダークマターはダークエネルギーと同様に正体が不明であるが、未知の素粒子と考える学者が多い。ダークマターは重力によって銀河の形成を含めたこの宇宙の構造を支配し支えている。
ここで充分に触れる余裕はないが、私は本書の中で述べられている、宇宙の誕生と物質の誕生そして生命の誕生をめぐる謎に心が躍る思いを抱いている。
ビックバン以来138億年の歴史は物質生成の歴史でもあった。素粒子の標準理論によると物質はそれを構成する12種類の素粒子と4種類の力を担う素粒子さらに質量を生む素粒子であるヒッグス粒子とからなる。ヒッグス粒子は2012年に発見されて大きな話題を呼んだ。なお、ビックバンの早期に物質と反物質が生じたがわずかに物質が多かったために反物質は消滅したとみられていて反物質は謎のままである。
ヒッグス粒子によって他の素粒子が質量を獲得するのは、宇宙誕生後の一兆分の一秒の事といわれている。誕生3分のころには水素、ヘリウムなどが形成される。それより重い元素が生まれるのは一億年をこえて星が誕生してからの事である。
それらは星の中での核融合や超新星爆発の際に形成される。爆発によって星間に散りばめられた元素はダストとなり次の星を形成する。
我々の太陽系は46億年前にそうしたダストやガスを基に誕生した、だからこの地球はおもに星のかけらでできているといってよい。水素は別にしても人体を構成する70数種類の元素は文字通り星のかけらなのだ。
地球の質量の67%をマントルが、32.4%を核が占めている。地球に存在する元素は水に含まれる水素を別にすれば、酸素、マグネシュウム、ケイ素、カルシュウム、そして鉄が主なものである。核は鉄やニッケルで構成されている。鉄は地球の磁場を形成して太陽風を寄せ付けないようにすることで、地球に生命の生存が可能な環境を与えている。
ところで近年、生命を形成するアミノ酸や核酸などが地球外で作られて彗星などによって地球にもたらされたというパンスペルミア説がにわかに現実味をおびて語られている。2020年に地球に帰還予定の「はやぶさ2号」がもたらすサンプルの中にその説を裏付けるものがあるだろうか。
2015年7月
付記
「日経サイエンス」2023年6月号の特集「宇宙生命」のなかに、「リュウグウが運ぶ生命の材料」という題の記事があった。
2020年12月に、はやぶさ2号が地球にカプセルを投下したあと、新たなオプションに向けて飛び去った。そのカプセルには、小惑星「リュウグウ」から採取したサンプルが収まっていた。今回の記事にはそのサンプルの現在までの解析結果が記述されている。
それによると、サンプルからは水や有機物が見つかり、小惑星は生命の材料を太陽系に広く供給して宇宙生命が誕生する出発点になっていたかもしれないというシナリオが現実味を帯びてきているということである。
今回のサンプルからはRNAの材料となる塩基の一つウラシルが見つかった。またたんぱく質の材料となるバリンやイノシンが見つかっている。さらに地球上の生命が使用していない23種類のアミノ酸も見つかった。有機物はアミノ酸や塩基だけでなく、メタノールで抽出した分子量700くらいの分子に限っても約2万種類もの多様な有機物が見つかっている。こうした有機物や水は鉱物に取り込まれて、隕石の衝突や太陽風などによる宇宙風化の影響から守られていたという。
確かに生命の材料が小惑星から見つかったという事実は画期的なことである。しかし、地球上の生命がどう誕生したのかはまだまだ謎だらけである。
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