マガジンのカバー画像

詩・ショートショート

71
想像の世界を主にまとめています
運営しているクリエイター

#一次創作

セピア色に紛れて【詩】

正方形の赤い薔薇 内側から順繰り開いた花びらが ずっと口を開けている 正方形の赤い薔薇 最大限に可憐に見せようとして 最後の真っ白い膜が顔を覗かせる 正方形の赤い薔薇 深い緑の茎に神輿を担がれ 大人と対等な目線で立っている 笑顔の家族よりも、大きな太陽よりも いつまでも色鮮やかな 正方形の薔薇がこっちを見ている

宝石【詩】

転がったデラウェア一粒 房にいる誰よりも 光を跳ね返し 瑞々しさを垂れ流す 宝石然とした姿を 美味しそうだと褒める者たち しかし誰も口元に運ばない 不本意な見本になっただけ 最後の雫を落としたサンプル 突如、幼子の手に包まれ くぐもったはしゃぎ声を聞きながら どこかへ連れ去られていったらしい…… 今は木の実たちと一緒に お菓子の空き缶にて眠っているらしい

探し物【詩】

ちぎれた葉っぱ 染みついた香水 シャーレに入れて 永遠に眺めていた 袖の長い白衣 落書きで埋められた手紙 グラウンドで鳴る笛の音が ひっきりなしに耳を突き刺した ああ、なるほど 無意識に漏れた声が 胸を黒く染めきった

他人事【詩】

空間を隔てる薄い膜 透明だけど頑丈な膜 森のようでもあり 海のようでもある ”こちら側”は怖いほど静か 自分しかいない小さなスペース 足首が鳴る音が響くのみ ”向こう側”は万物が縦横無尽 大股で歩むもの、足早に過ぎるもの 浮足立つのはみな同じ 地続きなのに別世界のよう 圏外なのにテレビのよう その幸福な嵐は群れを成し いつしか膜を破るだろう

無垢【詩】

黄色と黒が交互に並んだ空 先細りしていく真四角の枠 止まらない成長期に怯え ゆらゆらと風に揺れてる 地面とゼロ地点の天空 天空には届かない地面 偽物の空間はないが 本物とは言えるのか 真偽は行方知らず 君さえ行方知らず この空を好んで 走り出した姿は 麦わら帽子と 白い影と共に 避雷針へと 吸い込まれ 一筋の光 一瞬の光 になり 消えた と、 _|

マグカップ【詩?】

マグカップを忘れた日 駅に着いた瞬間に思い出して うなだれながら佇むホーム 切符にある席に着いた直後 やってきたのは車内販売 ワゴン車に積みあがるマグカップ おびただしい数のマグカップ ビビットパステル総柄無地 端から端までマグカップ 先に買ったらしい前の席の人が マグカップの良い香りを漂わす あれはどのマグカップだろう 前の人と同じものを、なんて 聞かれたら恥ずかしいけど 美味しそうだから仕方ない 赤らんだ顔を見せないように 片手を挙げて口を開きかけた

もみの木②【ショートショート】

「それにしても」   リンはカナのカバンを見上げながら首を傾げた。 「今日はいつになくパンパンだねえ!」 「えへへ、そうなの。辞書が必要で無理やり詰めてきちゃった」 そう言って、膨らみの元凶をご丁寧にも取り出した。本来はごく一般的な厚さのものだが、付箋がほぼ全てのページから飛び出しており、末広がりの形になってしまっている。 「箱付きなんだけど、全然入らなくなっちゃって……」 カナはやや顔を赤らめて苦笑した。そして辞書をカバンにギュウギュウと押し戻した。 「収拾付かな

車掌より【詩】

終点はあなたの目的地にすぎない あなたがそこで降りるだけ また一から物事は進んでいく 他の人にとっては終点が始発点 別の人にとっては単なる通過点 残り続けることが正解とは限らない 線路=普遍的に開かれた道 個人のタイミングで乗降すればいい 終点手前で降りたって構わない そこがあなたの目的地なら そこであなたが笑顔になるなら ご乗車いただき、ありがとうございます

夢現【詩】

怪盗ごっこで恋に落ちたって、 シャンパンを浴びるほど飲んだって、 ティントが夜を跨いだんだって、 ワープロ上の話なんだ トーストなら食べるといった君 壁際に走り出した君 聖水という名の水をぶちまけ 森林公園へと迷い込んだ、君 レターセットだけを手渡して 飛行機雲と共にさようなら

地上からのモノローグ【詩】

僕がまだ蛹だった頃 空は一番青かった 無邪気な雲が歩いてて 空は愛おしそうに眺めてた その様をぼんやりと見続ける僕に 空は気が付くはずもなかった だけど、それで満足だった それが、一番幸せだった 僕が歩きだした後 空の色を忘れてしまった 重い雲の圧力を感じて慄くだけ 空の微笑みも殻の中に置いてきた すぐ前にある足元を追っかけて 空の恵みに気づくはずもなかった 常に、僕は渇望していた 何が欲しいのかもわからずに……

もみの木【ショートショート】

夕刻の時。   晴れの日ならばちょうど綺麗な夕焼けが拝める高台だが、今日は分厚い雲が空を全て覆ってしまっている。   雨が降り出しそうで降り出さない、という気持ちの悪い明るさを保ったまま一日が進み、そして今、本格的な暗さが到来してきた。   その高台に育つもみの木の前に佇む、くすみピンクのワンピースに身を包んだ少女が一人。艶やかな黒髪が肩まで伸び、レース素材になっている肩部分にふわりと乗る。 彼女は木の幹に向き合い、透き通る声で囁いた。 「リンちゃん、遅くなってごめんね」