見出し画像

パーラー・ボーイ君、迷子になる

 パーラー・ボーイ君のお父さん、パーラー・パパは、お金に無頓着な性格です。
 1ドル、2ドルの金額を節約するという感覚がありません。なので、一緒に出かけたときにパーラー・ボーイ君が何か欲しがれば、大抵のモノはすぐに買ってあげてしまいます。

 けれども、パーラー・ボーイ君は割りとモノに無頓着な性格なので、何かを欲しがるという事があまりありません。2人は上手い具合にバランスがとれているのです。

 それと比べると、ハインツ・ハラルド君と彼のお父さんイーベン・リッヒ氏は上手くいきません。
 ほしがりん坊のハラルド君に対して、イーベン・リッヒ氏は、かなりの倹約家です。
 空いたペットボトルの容器に自家製の麦茶(サトウ入り)を入れて、いつも持ち歩いている、ペットボトラーとして有名です。

 ある日、パーラー・ボーイ君とお父さんが一緒にスーパーに買い物に行くと、同じお店へ買い物にきていたハラルド君と、イーベン・リッヒ氏の姿が見えました。
 ハラルド君は、いま子どもたちの間で大人気のキャラクター『タワシのトム』のステッカーが、“ほしいよー”と、せがんでいましたが、イーベン・リッヒ氏は、
「Vorlieb(がまんしなさい)」
 と、まったく相手にしません。
 それでもハラルド君が食い下がると、イーベン・リッヒ氏は、
「家に帰ったら、お父さんがガムテープにトムのイラスト描いてあげるから」
 とエキセントリックな発言をしました。これにはハラルド君も子どもながらに「ダメだ」と、さとり、あきらめて帰っていきました。
 その日の買い物で、パーラー・ボーイ君もハラルド君と同じ、トムのステッカーを欲しがりましたが、こちらのお父さんは、二つ返事でOKです。

 次の日、パーラー・ボーイ君はハラルド君の家へ遊びに行くときに、昨日お父さんに買ってもらったタワシのトムのステッカーを持っていって、それをハラルド君にあげました。
 すると、ハラルド君は大喜びで、
「かわりと言っちゃ、なんだけど」
 と、イーベン・リッヒ氏の作った、海賊版タワシのトム・ステッカーをくれました。

「でも、いいな~。パーラー・ボーイ君のお父さんは何でも買ってくれて。ボクのVater(パパ)なんか、ケチで何にも買ってくれないんだ」
 ハラルド君は、そう言うものの、部屋のなかを見わたせば最新のテレビゲームやオモチャ、ドイツ・ブンデスリーガ公認のフットボールなどが置いてありますし、ハラルド君の着ている服は、デザインだけでなく素材にもこだわった、有名な子ども服メーカーの物です。

 イーベン・リッヒ氏は、けしてドケチではありません。質の良いものを買うために、細かなお金を節約する人なのですが、幼いハラルド君には、まだそのことがわかりません。

タワシのトム


 その日、仕事から帰ってきたお父さんに、パーラー・ボーイ君はハラルド君からもらった、イーベン・リッヒ氏作のガムテープ・ステッカーをあげました。
 お父さんはコレを、パーラー・ボーイ君が自分のために作ってくれたのだと勘違いして大喜びしました。
 その姿を見てパーラー・ボーイ君は、大人も子供も、みんなシールが大好きなんだな~、と感心しました。
 お父さんが調子に乗って、「今日は外食しよう!」と言いだすと、お母さんは、「もうシチュー、じっくりコトコト煮込んでいるのよ!」と怒って、突然の外食案を却下しました。
 それでも、よほどパーラー・ボーイ君にもらったステッカーが嬉しかったのか、パーラー・パパは次の休日に、パーラー・ボーイ君のことを連れてショッピング・モールに行くことにしました。
 新しく、タワシのトムのショップがOPENしたので、そこへパーラー・ボーイ君のことを連れて行きたかったのです。

 しかし、いざ出発しようとすると、車が少ししか進まない内にオカシな音を立てて止まってしまいました。パーラー・パパの車はとてもオンボロで、エアコンやステレオは付いていないし、クラクションはブタみたいな音がします。
 パーラー・パパは、お金を貯めたり、ローンを組んで良い車を買おうという気の無い人なので、いつも、あるお金で買える値段のオンボロを中古車屋さんで買っては、乗りつぶすということをくり返しています。

「こいつも、もうダメかな~」
 見ても、なんにも分からないクセに、パパがとりあえずボンネットを開けて、中を覗いていると、近くに住むハラルド君とイーベン・リッヒ氏が気づいて、様子を見にやって来ました。

 イーベン・リッヒ氏は自動車の整備に関して、多少の心得があるものの、「Schwer(これは、むずかしいな)」
 と、お手上げです。けれど代わりに「必要なら自分の車を貸す」と言ってくれました。そこでパーラー・パパは、
「せっかくだから、みんなでショッピング・モールへ行こう」
 と提案しました。
 イーベン・リッヒ氏は、戸惑い気味ですが、ハラルド君が、
「行きたい! 行きたい!」
 と言っているし、とくに予定のない休日だったので、「まあ、いいか」とOKしました。

 イーベン・リッヒ氏の車はV8エンジン搭載のドイツ車で、性能だけでなく、乗り心地もステータスも上々のものです。
 始めて乗る人は大抵、車のことを誉めるのですが、「車は乗れれば何でもいい」という考え方のパーラー・パパは、置いてある芳香剤の匂いを嗅いで、
「昔、飼っていた鳥の匂いと一緒だ!」
 と、そんなことにしか関心をしめしません。

 イーベン・リッヒ氏は、パーラー・パパのことを見ながら、(家の子は、なんでこんな男の子どもに生まれたかった、なんて言ったんだろう?)と、心の中は? マーク満開です。
 実は先日、ハラルド君が、なにげに「ボクもパーラー・ボーイ君みたいな家に生まれたかった」と言って、イーベン・リッヒ氏は地味に傷ついていたのです。

 イーベン・リッヒ氏からしてみれば、パーラー・パパは素材の悪い服を着て、壊れかけの車に乗ったブルー・ワーカーでしかありません。

 ショッピング・モールの中には、いろいろなお店があって、さまざまな誘惑でいっぱいです。
 日曜日ということもあって、ただでさえ人が多い上に、パーラー・パパが率先して誘惑に引っかかるので、一行は、なかなか目的のキャラクターショップまでたどり着きません。
 イーベン・リッヒ氏は初め、
(こんな事なら家で、工具箱の手入れでもしていた方がよかった)
 と、内心イラツキ気味でしたが、ヨーロッパ直輸入のセクシー・ランジェリー売り場の前を通ったときに、パーラー・パパが、
「ママにおみやげとして買って帰ろう」
 と言いだすと、イーベン・リッヒ氏も一緒になって、楽しそうに下着を吟味しだしました。

 お父さん達が、
「やっぱり、フランス製シルクは肌触りが……」
 とか、
「この、スキャンティーは、一体どっちが前で、どっちが後ろなんだ!」
 とか言っているうちに、パーラー・ボーイ君とハラルド君はシビレを切らして、2人だけで勝手に、トムのお店を目指して進み出しました。

 でも、目指すといっても2人とも、トムのお店がどの場所にあるのか知りません。パーラー・ボーイ君の直感だけが頼りです。
 自分たちよりも倍以上からだの大きな人の中を、あてずっぽで進む2人は、あっという間に迷子になってしまいましが、当人たちは、自分が迷子だという事に気づいていません。
 ちょっとした探検気分で、たのしげにモールの中をまわります。

 驚いたのは、お父さんたちです。下着選びに夢中になっている間に子どもたちが居なくなっているのです。急いで辺りを探しますが姿は見あたりません。“オロオロ”とイーベン・リッヒ氏の狼狽ぶりは大変なものでした。
 ドイツ生まれのイーベン・リッヒ氏からしてみれば、アメリカは殺人犯と薬物中毒者のウヨウヨいる危険な国です。
 モールの警備員を見つけ事情を伝えますが、一日の迷子の数が平均300人というこのモールの警備員は、ウンザリした感じで、おざなりの対応しかしてくれません。
「まあ、その内みつかるでしょう」と、いった感じです。
 イーベン・リッヒ氏は、
「なんだお前! その対応は。迷子をさがすのもお前の仕事じゃねェのか! 俺の子どもになにかあったら、挽き肉にして羊の腸に詰めるぜ、魚肉ソーセージ野郎が!」
 と、相手が2メートル近くある黒人の警備員なので、あえて英語ではなく、意味の伝わらないドイツ語で罵ると、警備員のことを一発ぶん殴って(心の中で)。自分で子どもを見つけるべく駆けだしました。

 警備員がパーラー・パパに、
「あの人、いま何て言ってたの?」
 とたずねると、パーラー・パパは、
「さあ?」
 と肩をすくめ、逆に、
「タワシのトムのお店は、どこにあるのかな?」
 と、警備員にたずねました。


 お父さんたちの心配をよそに、パーラー・ボーイ君たちはお気楽なものです。じつは根っからのセサミストリート派のパーラー・ボーイ君は、偶然セサミのショップの前を通りかかってウキウキです。

「はやくトムのところへ行こうよ」
 と言うハラルド君のことを無視して、店内を物色していると、エルモの形をしたPEZを見つけて“これ、お父さんに買ってもらおう”と思いました。

 しかし、どこへ行けばお父さんに会えるのか分かりません。もう、ランジェリーショップへの戻り方も分かりません。この時になってようやく、パーラー・ボーイ君は自分が迷子なのだと気づきました。

“キョロ、キョロ”しながら戸惑うパーラー・ボーイ君に気づいた店員さんが、
「ボウヤ、迷子なの?」
 と心配して声をかけてきてくれましたが、運わるく、その店員さんは髪が黄色でモジャモジャのパーマヘアーなうえに、ギョロ目で鼻の高い顔立ちだったので、ビッグバードそっくりです。パーラー・ボーイ君はセサミストリートは大好きだけど、ビッグバードのことだけは日頃から恐がっていたので、驚いて逃げだしてしまいました。
 その手にはシッカリと、エルモのPEZを握ったままです。

「ちょっと、待って! それ万引きだよ」
 と店員さんは追いかけてきます。
“恐いよー! 恐いよー! ビッグバードが追いかけてくるよー!”
 パーラー・ボーイ君は涙ながらに
“お父さん、どこなのー”と必死に走ります。
 人が多いせいで店員さんも、なかなかパーラー・ボーイ君に追いつけません。

迷子

 しばらく走ると、いまさらながらにタワシのトムのショップが見えてきました。
 お店の前ではパーラー・パパと警備員が談笑しています。パーラー・パパは「子ども達はきっと、トムのお店へ向かったんだろう」と考えて、お店で待っていれば、たぶんやって来ると、ゆうちょうに構えていたのです。

 お父さんのねらいとは少し違って、たまたま偶然ですがパーラー・ボーイ君はやって来て、
“お父さん! ビッグバードが追いかけてくるよー!”
 と泣きながら、パーラー・パパの足にしがみつきました。
 

 ビッグバードの店員から事情を聞いたパーラー・パパは、セサミのお店へ行って、とり残されていたハラルド君の身柄を引き受け、パーラー・ボーイ君が持ち出したPEZを買い取ると、2人を連れてトムのお店へ戻り、好きなものをひとつずつ買ってあげました。

 その後、3人はフードコートでおやつを食べながら、
「ハラルド君のお父さんは、一体どこにいるのかな~?」
 と困り顔です。
 ハラルド君は心の中で、
「パーラー・ボーイ君のお父さんはイイな~。それに比べてボクのお父さんは……」
 と、つぶやいていました。


 その頃、イーベン・リッヒ氏は、まだ子どもたちを探してモールの中を駆け回っていましたが、残念ながらパーラー・ボーイ君たちの居るエリアとは、かけ離れた場所でした。
 ハラルド君にはまだまだ、イーベン・リッヒ氏の良さは分かりません。

迷子ハラルド


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?