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『ピーター』

ピーター表紙

 ニワトリのタマゴがなければ、世界の食卓はどうなってしまうだろう? 世界中のありとあらゆる様式の料理に使用され、手の込んだ超高級料理から、焼くだけ茹でるだけ、ゴハンにぶっかけるだけという原始的にも程がある調理の仕方にも対応する、奇跡の食材ニワトリのタマゴ。
 その上、トリ肉は高タンパク低カロリー。アスリートの世界では、「チキンなくして、筋肉なし」と言われるほど貴重な存在だ。
 そんな、家畜としては神様からの贈り物と言っていい存在のニワトリも、家庭でペットとして飼うには、まったく向いていなかった。


 ペガラス君と弟と行った盆踊り大会の屋台で、マサト君にもらったヒヨコに、ボクは『ピーター』と言う名前を付けて、家で飼おうとした。
 家には、前にカブトムシを飼っていたときのケースがあったので、(家に帰ったら、あの箱の中に入れよう)と思っていたが、「カメを入れるのに使う」と言う弟に、ブン取られてしまったので、しかたなくペガラス君を家に入れる時に使ったダンボール(サラサーティーとプリントしてある)の中に入れた。


 狭いアパートの中、ピーターは一日中「ピーヨ、ピーヨ」と鳴いていて、その声が「ウルサイ!」とアパート同様に心も狭くなってしまったお母さんと弟はキレた。お母さんに、
「ベランダで飼え」
 と指示されたが、家の外は野良ネコやカラスなどがいて、キケンがイッパイなのでボクは嫌だった。

「じゃあ、押し入れの中にでもしまっとけ」
 と言われ渋々、押し入れにしまった。
 お母さんは知らないが押し入れにはすでにペガラス君がいて、ボクはペガラス君がピーターを食べちゃうんじゃないかと思い、気がきじゃなかった。

 食べはしなかったものの、押し入れにしまうと、ペガラス君まで、
「トリ、ウルサイ」
 と言いだし、もはやこの家にピーターの居場所はなかった。


「今はまだ、ヒヨコだからカワイイけど、ニワトリになったら、目とかトサカとか、足の辺りがけっこうキモ悪いよ」
 お母さんはそう言った。たしかにヒヨコの今でも、ピーターの目は、すでにニワトリと一緒で怖かった。

「大きくなって『コケコッコー』って鳴くようになったら、近所からも苦情が来るし、早いうちに元いた場所に返して来なさい」
 お母さんに説得され、ボクはわずか3日でピーターのことを、お寺の境内に捨てに行くハメになった。

 それまでピーターのことを入れていた、サラサーティーのダンボールでは、持ち運びするのに大きすぎるので、家にあった手頃なサイズのタッパーに、ピーターのことを詰めて、空いたスペースに鳥のエサと、1人(1匹? 1羽?)になっても寂しくないように、セサミストリートのキャラクターのキーホルダーを入れた。


 タッパーの中で、「ピーヨ、ピーヨ」と鳴くピーターを抱え、お寺に忍び込んだボクと弟はソッと、ひと気のない場所にタッパーをおいて、その場から立ち去ろうとした。
「チョット待ちなさい」
 いつのまにか背後に来ていた住職に呼び止められた。
「あっ、ハゲだ。シッシッシッシッシッ」
 弟が住職の頭を指さし笑う。住職は弟を無視して、
「事情があって、捨てるなら、それはそれで構わん。けどその前に、見ていきなさい」
 と、ボクらを寺の裏の方へ連れていった。

 そこにはピーターと同じように、境内に捨てられたと思われるヒヨコが何匹もいた。 
「来年から、カメすくいの屋台は禁止しないといかんな」
 住職はそうつぶやくと、
「このヒヨコ達は、明日業者の人に引き取ってもらうんだよ。2人の連れてきたヒヨコも、おいていくなら一緒に引き取ってもらう事になるけど」
 とボクらに説明した。弟は、
「丁度よかったじゃん。仲間がいっぱいいて」
 と楽天的だったが、ボクは業者に引き取られたヒヨコがどうなるのか不安だった。住職にそれをたずねると、住職は意地悪く、

「そうだな、からあげとか焼き鳥とか、ラーメンのダシとか……、運が良ければバンバンジーぐらいには成れるかも知れないなぁ~」
 と言った。弟が、
「この殺生坊主」
 と罵ったが、住職は平然と、

「人間は、家畜やサカナ、作物の生命を奪って生きているのだよ。食事のとき、『いただきます』と言うのは、自分のタメに犠牲になった生き物たちへ、命をいただきますという感謝の気持ちを込めて言うのだよ」
 と説教し始めた。ボクは、
「イヤだよ、イヤだよ。ピーターが11種類のスパイスを使った独自の製法でボイルされちゃうなんてイヤだよー!!」
 と気絶せんがばかりに大泣きした。

 翌日、養鶏所の人がヒヨコを引き取りに来て、お寺にはピーター1匹だけが残された。

 ボクが毎日、世話をするために通うかわりに、ピーターのことをお寺であずかってくれると住職が約束してくれたのだ。

「もし1日でも来なかったら、ケンタッキー・フライド・ピーターになるよ」
 と住職はシニカルなことを言って、ボクにクギをさした。


 弟みたいに、物怖じせず何にでもチャレンジするような活発さはないが、そのかわりにボクは、一度やり始めたことは、なかなかやめない性格だった。

 ラムネ菓子のオマケに付いているプラモデルを、弟は途中まで組み立てて、結局「メンドくせーやい!」とほっぽり出してしまうのだが、ボクはそれを拾いチマチマと組み立て完成させる。そして、それを弟にブン取られる。そういう子どもだった。

 弟がペガラス君と遊んだり、アッチコッチでイタズラしてまわるのに忙しくて、3日もすれば一緒にお寺に通ってくれなくなっても、ボクは1人で、毎日欠かさずに通った。

 お寺へ通ううちに、小坊主のシロウ君という子と親しくなった。シロウ君は家庭の事情で、もう2年以上もお寺へあずけられているワケありの小学6年生だ。

 小坊主といっても、本人にその自覚はなく、境内の清掃を「マジ、だりー。なんでオレがこんなことやんなきゃなんネェーの?」と、いつもボヤきながらやっていた。
 シロウ君の、いかにも気の強そうなヤンチャな顔立ちは、お寺ではなく、事情のある家庭で育てられていれば問題児まっしぐらだったろうなと想像させた。

 ボクがピーターにエサをあげていると、シロウ君はいつもミミズを探して持ってきてくれた。キモチ悪かったが、ピーターがボクの用意するセキセイインコのエサよりも、ミミズの方を喜んで食べるので、まあ、ヨシとしよう。

 ペガラス君がいなくなって、まだ日のあさい8月最後の日。ボクと弟がピーターのエサをもって、お寺へ行くとシロウ君は掃除をサボって、お堂の陰に腰掛けながらボーズ頭を擦り、ため息をついていた。

「いやー、やっぱりハゲはいいさわり心地ですな~」
 弟がシロウ君の頭を擦りながらそう言った。
「て、テメー。勝手に人の頭さわってんじゃネェーよ! それにハゲじゃなくてボーズだ」
 とシロウ君は怒った。シロウ君が嫌がると分かりながらも、ボクも誘惑に負けてシロウ君の頭をさわりながら聞いた、

「なんで、悩んでるの?」
 シロウ君は、ボクと弟の手を払いのけながら、
「ああ、……別に悩んでるってワケじゃないけど、イヤなんだよ。明日から、また学校行かなきゃならないのに、ボーズなのが」
 そう言うとシロウ君はまた、自分の頭を擦った。

 お寺から学校へ通うシロウ君。子どもとは残酷なもので、大人があえて手を出さない身の上やルックスの事を平気で冷やかしてくる。シロウ君は、後で告げ口されて住職にお灸をすえられると分かっていながらも、連闘につぐ連闘で、自分のことを悪く言うヤツらとケンカを繰り返し、いつしか面と向かってシロウ君のことをバカにするヤツはいなくなった。

 それでも、そろそろ異性や人目を気にするお年頃のシロウ君は、ボーズのまま新学期を向かえるのが嫌らしい。しかし、ボーズのさわり心地LOVEなボクらにそんな話しするだけムダだった。

 シロウ君は気を取り直すと、
「そうだ、オマエらいいもん見せてやるよ」
 とボクらのことを、シロウ君や他のお坊さん達が住居として使っている建物へ連れていった。


「ほら、コレ見てみろよ」
 シロウ君は夏休みの宿題で工作した、賽銭箱を見せてくれた。それはデザインから木材の加工、組み立て、塗装をすべてシロウ君が手作業でこなした、フルハンドメイド品だったが、とても良く出来ており、誰が見ても小学生が1人で作ったものとは思わないだろう。「わぁー、スゴイ」
 ボクは本心からそう言った。

「まだまだ。こっからが本当にスゴイのさ」
 シロウ君は賽銭箱の説明を始めた。
「ココに、和尚がカギを付けるだろ」
 シロウ君が示した場所は、南京錠が付けられるようになっていた。
「でも、そんなことしても無駄なのさ。ココを持ち上げると、……ホラッ」
 シロウ君が賽銭箱上部の格子になっている部分を掴み、持ち上げると、あっけなく、賽銭箱の最重要部分が外れ、中身盗り放題のただの箱になった。

「ワァー、すげぇー」
 今度は弟が本心からそう言った。
「ココは、この辺じゃあ1番大きな寺だし、参拝客も多い。正月なんかは賽銭だけで何千万にもなるそうだ。そうなれば、この賽銭箱だけでもかなりの額になるゾ」
 シロウ君は声をヒソめて言った。

 どうやら、いくつか在る仏像のうちの1つで、この賽銭箱を使ってもらい、一儲けしようと企んでるみたいだ。よくよく考えれば、何の理由もなしに、お寺にあずけられている子が、夏休みの宿題で賽銭箱を作って学校に持っていく、などと自虐的なことをするはずもない。

 シロウ君は、娯楽の少ないお寺暮らしの中で、この賽銭箱づくりに楽しみを見いだし、ひと夏乗り切ったようだ。
 のちに、この賽銭箱は実際にお寺で使ってもらい、シロウ君は1円と5円は無視して、大物が入っているときだけ引っこ抜いていた。正月に千円札が入っていたことがあり、その時は大喜びして、ボクや弟だけでなく、ピーターにまで、お菓子をおごってくれた。

 ヒヨコの成長は早いもので、2ヶ月もするとピーターはかなり大きくなり、ニワトリの様で、まだニワトリではない。若干キモチ悪いルックスになっていた。

 落ち着きなくアッチコッチ動き回り、フンは所かまわず。いきなり奇声を上げたりするピーター。この頃になるとボクは、ピーターのことをお寺にあずけて正解だったな~、と思うようになっていた。

 ボクがピーターの世話をしにいくのは、だいたい午後4時から5時の間ぐらいで、シロウ君は学校から帰ってきたり、来てなかったり、日によってマチマチだが、寺には大体いつも堀井さんという寺の雑用を手伝っている人がいて、ボクに絡んできた。

 この堀井さんという人は、過去に3度も四国八十八ヶ所をまわっていて、1度目は歩き、2度目も歩いて、3度目は歩道に引いてある白い線の上だけを歩いてまわったという、伝説のお遍路さんだった。

 この人は、たまに参拝客が仏像に食べ物や飲み物を供えたりすると、それを回収し、まるで自分の物のようにもったいぶった態度でボクにくれた。ボクは、ピーターが大きくなってタマゴを産むようになったら、それもこの人が我がもの顔で回収するのかな? と想像した。


 ある日、ボクとシロウ君がピーターの様子を眺めていると、堀井さんが、お地蔵さんの前に供えられていたコアラのマーチと、庫裏(くり)(寺の台所。住職の居間)の冷蔵庫から無断でヤクルトを数本持ち出して来てくれた。

 ボクらはヤクルトをチュウチュウ吸い、堀井さんはカップ焼酎(自費で購入)をヤクルトで割りながらチビチビやっていたが、シロウ君が不意に、
「ニワトリは何のために生きてるんだろう?」
 と青いことを言い出した。

「どんなに頑張っても、ニワトリは空を飛べない。ただ不恰好に地面を歩き回るだけで、毎日タマゴ産んでも自分で食べるわけじゃないし、捕まってすぐ肉にされちゃうし。まるで他の生き物に食べられるために存在しているみたいじゃないか」

 シロウ君は、堀井さんにたずねた、
「ねぇ、世の中の生き物は、みんな平等なんでしょ。じゃあなんで、なんで、ニワトリはこんなんなの?」
 堀井さんは、焼酎をグビッと飲みほすと、
「そんなこと、住職に聞いてくれ!」
 と大声で言い、

「俺はまだまだダメだ。なんも分かっちゃいねェ。もう一度、一からやりなおす!」
 と言い、そのまま4度目の八十八ヶ所巡りに旅立った。

 シロウ君は、
「人間だってそうさ。学校や、寺で教えられるように生きてたら、ただ社会にとって都合のいい、ニワトリみたいな存在にされちまう」
 とロッケンローラーみたいなことをつぶやいた。

 この日、シロウ君は学校で何か問題をおこしたらしく、先生に引っ張られながらお寺へ帰ってきた。現在住職のお仕置き待ちの状態だ。
 何をやらかしたのかは知らないが(たぶんケンカ)、どうやらシロウ君は自分のしたことを悪いとは思っておらず、反省していないみたいだった。こんな状況でお仕置きされても納得いかないだろう。

 フラストレーションをつのらせながら、同じような身の上のピーターに自分を重ねあわせ、若干、うつ気味になっていたようだ。

 坊主も走ると言われる師走。12月の初め頃にボクと弟がお寺へ行くと、シロウ君と、踏んづけたジュース(アンバサ)の空き缶を、カカトにめり込ました状態で歩き、カシャカシャ音をたてながら八十八ヶ所をまわるという新たなレジェンドを作って戻ってきた堀井さんが、落ち葉を掃除していた。

「おっ、丁度いいところに来たゼヨ。今からたき火するケン、あたっていったらいいぞなモシ」
 四国帰りの堀井さんは、おかしな方言を身に付けていた。

 集めた落ち葉に火を付けて、茶色い葉っぱが燃え出すと、こういう時に、俄然ハリキリだす堀井さんは、「せっかくだから焼きイモを作ろう」と言いだし、どこかへ、イモを探しに行ってしまった。

 その間、シロウ君は昨日お母さんと出かけたときのことを喋りだした。
 シロウ君のお母さんは月に2、3回、シロウ君に会うためにお寺へやってくる。お母さんが来た日、シロウ君は2人でレストランに行ったり、買い物に行ったりして過ごして、夜にはお寺へ戻ってくる。

 ここ2年間親との思い出がそれしかないシロウ君からしてみれば毎回特別な日で、ドコへ行って何を食べたか、どんな話をしたか、普通の家庭の子からしてみれば、とりたてて大したことではない事を、いつもボクらに話して聞かせていたのだが、この日シロウ君はだしぬけに、

「来月から、お寺を出て、お父さんとお母さんと一緒に暮らすんだ」
 と、今までにない重大発言をした。
 これまで、シロウ君の話の中にお父さんが出てきたことは1度もなかったし、お母さんの姿は何度かお寺で見かけたことがあったが、お父さんの姿を見たことはなかった。

 遠くへお勤めに行っていると、説明されていたシロウ君のお父さんが、来月戻ってくるので、昨日お母さんに、「これからは一緒に暮らそう」と言われた。シロウ君は照れくさそうにそう話してくれた。

 母子家庭で育ったボクは、それを聞いて、(シロウ君はナゼ、お父さんが居れば、お母さんとも一緒に暮らせて、居なければお母さんとも一緒に暮らせないのだろう)と不思議に思った。
 パチパチと音を立て、燃える落ち葉。揺れる炎。ツメタイ風。ケムリ。たき火は暖かかった。

 ニワトリは空を飛ぶことは出来ないが、ジャンプして空中ではばたくと、予想以上に上昇出来た。お気に入りの木に登り、「コケコッコー」と鳴くピーター。

 まだ体が少し華奢(きゃしゃ)なのをのぞいては、ほとんど大人のニワトリと変わらない。ここまで成長すれば外敵に襲われる心配はないので、ピーターは境内で放し飼いにされていた。
 ピーターのことを見て、ボクら兄弟とシロウ君は、ニワトリはいつになったらタマゴを産むのだろうと考えた。そもそもピーターはタマゴを産むのか? いくらなんでもニワトリみんながみんなタマゴを産むわけではないだろう。

 堀井さんに聞いてもどうせ知らないだろうし、変にプライドを傷つけて、この時期にまた遍路に出られてもたまらないので、ボクらは堀井さんをスルーして、住職に聞きにいった。


「ピーターはタマゴ産むの!?」
 石油ストーブの缶に灯油をシュポシュポ入れていた住職をつかまえ、出し抜けにそう質問すると、住職は「さぁ?」といった感じで首をひねった。
 そりゃそうだろう。住職がそんなこと知るはずもない。弟が、「なんだよ、坊主のクセにそんなことも分からないのかよ。ダメだなぁ」みたいな感じのに憎まれ口を叩いて、その場を立ち去ろうとしたが、シロウ君は思い切った感じで住職に、

「ニワトリは何のために生きてるの?」
 と、前に堀井さんにしたのと同じ質問を住職に投げかけた。
 住職はボクらの話を聞いていないのか? シュポシュポしながら、またも「さぁ?」と首をひねった。
(こりゃダメだ)とボクらが立ち去ろうとすると、灯油を詰め終えた住職が、ボクらの背に向かって、

「ピーターは本当は死んでいてもおかしくない子だった」
 と話し始めた。
「縁日で売られているヒヨコなんて、大抵、ニワトリになるまで生きられるもんじゃない。それに、シロウの言うとおり、ほとんどのヒヨコは大きくなって、食べられたり、タマゴを産むためだけに育てられる。可愛そうだが、仕方ないことでもある――」

「――でもピーターは生き延びて、比較的恵まれた状況で暮らしている。それは草慈がピーターのことを想い、泣いたり、毎日世話をしに通ってきたりしたおかげだ。今では草慈だけでなく、この寺の人みんなが、ピーターのことを大切に想い、いつタマゴを産むのだろう? と楽しみにしている――」
「――みんなに愛されているおかげで、生きて、鳴いて。そして今度は、タマゴを産むことによってみんなを喜ばすことが出来る。幸せだと思わないかい?」

 住職はそれだけ言うと、ストーブの缶を持って、部屋の中へ入ろうとしたが、キャップをキチンと締めていなかったせいで、灯油がこぼれ、ビチョビチョになった。

 翌年の一月。大晦日に除夜の鐘を打つたびに、ピーターが反応して鳴くものだから、初詣客の間で、「あれ? 今年って、酉年だったけ?」と言う会話がなされていたが、実際はウサギ年だった。


 ボクらは、7年ぶりに降った大雪で干支のウサギを作って遊んでいた。あと30分もすれば、お父さんとお母さんがシロウ君のことを迎えにくる。

 シロウ君は、お父さんの故郷である福岡でこれからは暮らすそうだ。
 住職の奥さんがわざわざ表で遊ぶボクらの所まで、おしるこを持ってきてくれたので、ボクらはそこら辺に腰をおろし、おしるこを食べた。

 ボクと弟と、シロウ君、それに堀井さんは、何となく話すこともなくなり無言でおしるこを食べながら、ウロウロするピーターのことを見ていたが、不意にシロウ君が、
「あーっ!」
 と大きな声をあげると、数メートル先へ駆けだして、真っ白な雪の中、まぎれるように落ちていたタマゴを拾い上げた。

「タマゴだ! タマゴ!!」
「ピーターがタマゴを産んだ!」
 ボクらは歓声を上げながら、飛び跳ねて喜んだ。
 ニワトリがタマゴを産む。ごく当たり前なこと、それがナゼこんなに嬉しいのか。ナゼこれほど待ちわびていたのか。ボクらはドコかおかしくなったみたいに笑って大喜びした。

 ボクらの声を聞いて、住職も奥さんも、他の僧侶達も様子を見にやってきた。みんなピーターのタマゴを見て喜んだ。

 当のピーターは、タマゴのことも、みんなのことも、しらん顔して、そこら辺をトコトコ歩いていたが、ボクは住職の言うとおり、コイツはまったくの幸せもんだなぁ、と思った。

 シロウ君を迎えに来たお父さんは、ダボッとしたジャージに身を包み、いかにも不良中年といった格好をしていた。これからはこの、お父さんと、幸薄気なお母さんとの3人暮らし。

 色々な問題を予感させる不安だらけの旅立ちだが、お父さんも、お母さんも、住職も奥さんも前途を危惧する様子を一切ださず、実に晴れ晴れとした、涙の無いさわやかな別れ際だった。

 シロウ君は笑顔でバイバイと手を振り、お父さんとお母さんは何度も頭を下げた。ボクらはシロウ君を乗せたタクシーが見えなくなるまで見送った。

 その年、ボクは小学校に入学し、新たな生活が始まり、気づくといつのまにか、ピーターの世話をしにお寺に行かなくなっていた。

 久しぶりにお寺へ行っても、当然のことながらピーターは絞められてはいなかったし、住職はボクのことを責めようともしなかった。
 とっくの遠に、ピーターとボクは別々の存在になっていて、申し合わせたわけではないが、みんな自然とそのことを理解していたようだ。


 その後、ピーターがタマゴを産むことは一生涯なかった。それは当然のことで、立派なトサカを持つ雄鳥のピーターがタマゴを産むはずがなかった。

 大人になったとき、その話になり、あの日のタマゴは、ボクは最初、堀井さんが置いたんだと言い、弟は住職だと言ったが、最終的には2人とも、

『自分のことを愛してくれている人を喜ばすためなら、雄鳥だって、タマゴを産むぐらいの事は、やってのけるサ』と言う結論に達した。
 だからこそあの日、ボクらはあそこまで感動したのだと。

写真明るさ補正


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