「星空を越えて」
静まり返った広い空間に僅かに響く空調の音だけが耳に届く。パタパタと無機質な二人だけの足音はこの空間にどこか異質に思えた。
この場所が海外へ羽ばたくたくさんの人で賑わっていたのは今や昔の話。欠航の文字だけが表示された電光掲示板が変わってしまった毎日を痛々しく映し出す。
「異次元みたい」
思わずそう零した私に彼は確かにと小さく頷いた。
「この前来た時は電気も消えてて本当にここは眠ってた」
私はそうなんだ。と生返事を返しながらもその異空間にシャッターを切る手は止まらなくなっていた。
人っ子一人居ないターミナルはある時から突然時が止まったかのようで
例えるならばそれは
「アニメの原画みたい・・・」
彼は私の例えに少しだけ目を丸くして
「相変わらず面白い例え方するよなあ」
と優しく笑った。
真っ白の空間に二人きりの時間の中では、それだけで胸が満たされるようなそんな気がした。
戻ろうか。
と手を繋ぎ、孤独のターミナルにさよならを告げて引き返した国内線。
空はすっかり茜色に染まっていた。
先程とうって変わってせかせかと混み合う人たちの中、レストラン街で選んだお弁当を片手に展望室へと急ぐ。
展望室は思っていたよりも空いていて、まばらにやってきては去る人たちの中、ほとんど貸切の時間を過ごす。
次々とひっきりなしに帰り着き。飛び立つ。その機体が何処から来たのか。何処へ向かうのか。
声色に楽しさの滲む彼の声でそれを聞きながら見るたびに私の鼓動も上昇していくのを感じていた。
徐々に暗くなる空。光り出した滑走路。
21時。
ここに来て既に4時間と少しが経過していた。
ジャンボジェットの轟音が地面を微かに揺らし飛び立つと
はしゃいでいた子供は親に手を引かれ展望室を去って行った。
また二人きりになった展望室で彼の好きなstar flyerの離陸を待つ。
「今さ、思ったこと言っていい?」
少し肌寒くなってきた体を温めるように彼の腕に寄って、呟いたのはとても子供っぽい私の思考回路で。
「あの大きな機体が飛び立って、子供が去って、ここで今私たちはより色濃くなった憧れの中で少し小さなあの機体に想いを馳せている。この感覚。子供の夢が大人の夢に変わる瞬間を見ているように感じるの」
彼は先ほどよりもさらに目を丸くして私を見つめていた。
「すごくしっくりきた。わかる気がする。」
緩んだ口元は先ほどの少年の輝きとよく似ていた。滑走路が比にならないほどその目の奥はキラキラとしていた。
「素敵な時間をありがとう」
重ねたその手を強く握り返した温かさに満たされながら、今日を終え始めた空港を後にした。
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